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(40)
バーサがムタルダ候の屋敷から戻ったのは翌日のまだ朝もやの残る時刻。
兵士の治療まで行ったため、気がついたころにはすでに日が落ち、あたりは暗闇につつまれていた。
闇のなかでは動きようがなくバーサたちは夜明けをまって戻ったのである。
そして戻った彼らを待っていたのは眉間にしわを寄せたアルド王子であった。
「……するとなにか、お前は兵士たちの面倒もみてきたわけか」
ムタルダ候屋敷内でのことを報告するバーサに王子は低い声で答えた。
「私は医師です。怪我をしている兵士の皆様をそのままにはできませんでした」
兵士たちはバーサの治療を受け、そのあまりの乱暴さに泣いていたのだがそれについては報告しない。
「それで全部か」
全部話しました、そんな顔をしているバーサに問いかける。
「まあいい、近々お前の特技とやらをいかした働きをしてもらう」
「私の特技、ですか」
不安そうな顔をしているバーサをよそに彼はサガ宰相になにやら命じるとにやりと笑った。
光沢をはなつ真っ白な布、草木で染めた青いドレス、金をちりばめた髪飾りに、細かな細工の施された首かざり。
「そしてこれは腕をかざる……」
表情をだすことなく説明する女官長に対しバーサは目を白黒させていた。
「シター殿、これは一体なんなのですか」
この城の女官長であるシターは生まれたころからしかめ面の50代だったのではないかという、いかにも気難し
そうな人物である。
彼女のきりりと引き締まった口からどのような言葉が出るのか予想が付かないと城の誰もが言った。
実を言えばバーサは彼女が苦手であった。
そのシターからじきじきに届けられた宝石やドレスを前にバーサは混乱を隠し切れない。
「私は存じませんし、これをバーサ先生にお届けせよとの命(めい)を受けたので従ったまででございます」
いつも通りまったくの無表情で答えが返ってきた。
「その命をだされたのは王子ですか」
その質問が聞こえなかったのか、シターは引き続き一つ一つの細かい説明をたっぷりして帰っていった。
終わるや否や、バーサは急いでサガ宰相の元へと向かう。
事の次第を聞くためである。
「さて、お前にはサフィル候のところへ同行するよう伝えたはずだが」
バーサの問いに驚いたそぶりもなく宰相は答える。
「確かに先日、同行せよとは聞いております。が、そのこととこの衣装との関係がわかりません。」