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(39)
ムタルダ候お抱えの兵士たちはバーサの丁寧すぎる『治療』に悲鳴を上げた。
「痛え、痛え、って先生」
その声が聞こえているのか、いないのか。
バーサは平気な顔をして治療を受けている兵士の腕をひねりあげた。
小枝を折るような音がしてやっとその腕から手を離す。
「よかったですね、折れていなくて。次」
「お前、本当にアルド王子お抱えの医師か? 俺たちを殺す気か」
「とんでもない、ラズル様をお守りくださった兵士の皆様に早く直っていただくためですよ」
ほがらかな笑みをうかべつつ、バーサは首に痛みを訴える兵士の肩に触れ、あらん限りの力をこめて触診した。
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「どのような機会も見逃しなく利用されるとは。お見事でございました、王子」
「なんのことだ」
アルド王子の執務室でのことである。
「バーサのことです。うまく行ったようで。これで何かと口うるさいムタルダ候もしばらくはおとなしくなりましょう」
「どうかな、わずかな間だろうが」
答えながら机上の書類に目を通すアルド王子に、サガ宰相はつづける。
「ときに王子、先日帰国されたルリナ姫からとどいた書簡でございますが」
宰相はその書簡を広げた。
「そろそろご返信をなさいませぬと」
そこにはながながしい挨拶や葬儀の式参列への御礼などが書きつづられていたが、暗にバーサをよこして
ほしいとの希望がしたためられていた。
「適当に断っておけ。バーサはこの国でやることがある」
「さよう、バーサのことです、しばらくはムタルダの娘のことが気になってそれどころではないでしょうな」
書簡をかたづけながら宰相は更につぶやいた。
「それにしても、女のなりをするとは考えたものです」
「なんだ、それは」
今まで書類から目を離さなかったアルド王子が顔をあげた。
「さて、私はルカからバーサが女のなりをして娘を診たと、そのように報告を受けております」
その言葉にアルド王子は勢いよく立ち上がった。
「ルカからの報告か」
わずかな間逡巡していたが、やがてかすかに微笑むと再び椅子に腰かけた。