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(37)

 

バーサの願いで呼ばれたのはラズルの乳母、ミヤであった。

きけばラズルが幼少の頃から仕え、彼女の身の回りの世話をしているという。

今のような状況においてさえ、彼女だけがラズルのそばに近寄ることができるとのことである。

そのミヤから、ラズルが怪我をした直後の状況、現在の様子を詳しく聞き出したバーサはため息をついた。

やがて顔を上げると、ミヤのしわだらけの手をとって穏やかな声で話しかけた。

「あなたがいてくださってよかった」

彼女が食べることすら拒否するラズルに水分をとらせていたのだ。

バーサの言葉にミヤは目を見開き、やがてうなるように泣き出した。

そしてバーサの手の甲に額をつけて懇願した。

「どうかラズル様を……」

「泣いている暇なんてありませんよ」

ミヤが顔を上げる間もなくバーサはてきぱきと指示をだす。

「治療の際は乳母殿にもご同席願います。まずはあたたかい飲み物の用意を、ラズル様が日頃好んで

おられたものがいいでしょう。この粉薬をとかして入れます。ほかにもラズル様に同行して怪我をされた方

がいると聞いています。その方たちにも話を伺います。それから」

「なんでございます? バーサ殿、何でもおっしゃってください」

 すこし言い淀んでからバーサは答えた。

「それから、その、女物の衣装を用意していただきたいのですが……」

 

 

準備を終えてバーサはようやくラズルの部屋を訪れた。

まだ日の残る時刻だというのに、その部屋にはたくさんの明かりがともされている。

おそわれたのは日が落ち帰りを急ぐ途中だったという。今の彼女は暗闇も怖いのだろう。

薄衣のかかった衝立の向こうに寝所がある。

かすかに見える影からそこにラズルがいるのがわかった。

ふと、その体がゆれた。

「だれ」

震える声にバーサは近づくのをやめ、横にいる乳母のミヤを促した。

「ラズル様、ミヤでございます。暖かいお飲物をお持ちしました。」

ミヤは用意してきたお茶をもって衝立の向こうにいるラズルに近づいた。

「ラズル様のお好きな蜂蜜を溶かしたお茶でございますよ」

ミヤが問いかけるまでのどの渇きを忘れていたのであろうか。

ラズルの手がゆっくりと伸びて、椀をとり口をつけた。が、すぐにむせて飲むのをやめてしまったようである。

「大丈夫でございますか」

そのとき、バーサの衣擦れの音が聞こえたのか彼女は驚きの声を上げた。

「ミヤ、おまえ、誰かと一緒にきたのでしょう、だれ、誰なの」

ミヤはこの問いにあらかじめ用意していた言葉で答えた。

「ご安心くださいませ。あれは、このミヤのよく知っているものでございます」

「ミヤの?」

二人の視線を感じたバーサは頭を下げる。

「バーサともうします。ミヤ様についてまいりました」

「……お前はだれ」

今にも消え入りそうなラズルの声である。

「医師です」

ためらう気配がした。

「ミヤ、今日はおまえもここにいて」

ミヤがそばにいるおかげか、ラズルは今までとは違う反応を見せているようである。

「はい。今回はお許しをいただくことができました。さ、バーサ殿、こちらへ」

「はい」

バーサは寝所にはいりゆっくりとラズルに近づいた。

 

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2009/12/29 update

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