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(36)

 

 アルド王子は眉をひそめてバーサを見つめている。

「ルリナ姫をみていると、その、自分の妹のような気がして」

「私は違う」

顔を上げたバーサにアルド王子が続けた。

「お前にルシードを重ねてはいない。違うぞ、全く違う」

 なんとなく必死さを感じるこの言葉に、バーサはようやく笑みを見せた。つられるようにアルド王子も

かすかに微笑む。

「何度も同じ話を繰り返す気はない。ルリナではだめだ。それだけのことだ」

 彼は立ち上がり背伸びをした

「まったく、こんな所まで連れてくる気はなかったのだがな」

 そのまま二人とも流れる雲を見つめていた。

 

 

 ふと、思い出したようにアルド王子が言い出した。

「ああそうだ、バーサ、医師としてのお前の意見を聞かせてほしいことがある」

 バーサはうなずき彼の前に控えた。

 話はこうである。

 先日、ラヴァ国五大貴族に名を連ねるムタルダ候の娘ラヅルが何者かに襲われた。

 幸い同行していた警備兵の働きによってラヅルは軽傷ですんだらしい。だが問題はその後である。

 彼女は襲われてから二日たった今も怪我の治療に現れる医師らばかりでなく、身の回りの世話をする者たちさ

えも怯え、遠ざけているという。

「主治医はもとより、ほか高名な医者がみな匙をなげた」

「それは仕方のないことです。どのような高名な医師でも、近づくことができなければ治療などできません」

そう返事をするとバーサは顔を伏せ、下唇をかんだ。

「お前ならどうする」

 その問いかけにすぐさま答える。

「是非私に。お願いです。行かせて下さい」

 

 



  こうしてバーサは、ムタルダ家へと行くことになった。

  アルド王子からの命(めい)であること、王子直属の兵士ルカを伴っての訪問とあってか屋敷内まで実にスムーズ

に迎えられ、ムタルダ候への面談もすぐにゆるされた。

「アルド王子の命により参りました。ご息女のこと、心よりお見舞い申し上げます」

  バーサは膝を折り、この国にきてから覚えた丁寧な態度をしめしつつ頭を下げた。

「そなたが、かの老師の弟子か、いや、若いとはきいていたが」

出迎えた主のムタルダ候は小柄なバーサをみてあからさまに落胆した表情をみせた。こんな若造に、と言いたげ

である。

「ムタルダ様、ご息女ラヅル様が怪我をされてから二日たったと聞いています」

 落ち着き払ったバーサの言葉に我に返ったのか、ムタルダ候はうなずいて答えた。

「だがラヅルは自分の乳母以外は」

「まだどなたもお近づけにならないと」

「あろうことか、父であるこのわしが近づいても恐れて泣くのだ」

 こめかみを押さえ、うつむくムタルダ候にバーサはなおも続けた。

「お願いがございます」

 

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2009/12/15 update

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