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(22)


「いらっしゃいませ、アルド王子」

 入り口にある呼び鈴を鳴すという礼儀を無視し、勢い込んで部屋へ入ってきたアルド王子を迎え入れたのは

頭をたれるルリナ姫の姿であった。

 それに虚をつかれたのかアルド王子は荒々しい歩みを止めた。

 しかしすぐに抑揚のない、低い声でルリナ姫に問いかける。

「バーサはどこだ」

 アルド王子に従って部屋に入ったサガ宰相も険しい表情を浮かべ、つれて来ていた兵士を部屋の戸外

に配備し警備をより厳重にすることを忘れなかった。

「バーサはどこだと聞いている」

 返事のないルリナ姫に対して更に低い声が響く。

「アルド王子、バーサ殿については私より詳しくご説明申し上げます」

 落ち着いたその声はルリナ姫専属医師、タイラのものである。

「バーサ殿のお怪我のことを詳しくご報告いたします。まずは椅子におかけください」

 アルド王子はしばらくの間タイラの顔を見つめていたが、やがて肩で大きく息をすると、薦められた椅子に

腰をかけた。

「報告は後でいい、バーサを渡してもらう」

「申し訳ございませんが今バーサ殿を動かすことはできません」

「なんだと」

「バーサ殿には体から毒を出すための薬を与えております。が、そのためにはバーサ殿の吐く息、

汗を通して少しずつ毒を排出することになります」

 それを聞いてアルド王子は眉をひそめた。

「ですから今うかつにバーサ殿に近づいたり触れたりすると、その者にも毒の影響が出るかもしれぬのです」

「……バーサは……そんなにひどいのか」

「いいえ、怪我と言ってもわき腹をかすった程度、毒は3日あれば完全に抜けるでしょう」

 タイラがそう言葉を続けると王子の低くうなる声が響いた。

「僭越(せんえつ)ながらアルド王子」 

 緊張した声でルリナ姫が話したかけた。

「今無理をしてバーサを動かせばさわぎは大きくなります。それはあなたの臣下としてバーサが望むこととは

思えません。それに……」

「なんだ」

「私がバーサなら、私、あなたにあの姿をみられたくないわ」

 ルリナ姫は切なげな声でつぶやいた。

 

 ルタ茶の香りが立ち込める中、どの位の時間がたったのか。

 しばらくの間だれも何も言わなかった。

「ルリナ」

「はい」

「バーサを預ける、充分な手当てを頼む」

 アルド王子の言葉にルリナ姫はうれしそうな笑みを浮かべてうなずいた。

「もちろんよ、バーサは私を守って怪我をしたのですもの」

 アルド王子は立ち上がってバーサが休んでいる部屋の扉を見つめた。が、すぐに振り返り

「サガ、行くぞ」

 そういうと来たとき同様荒々しい足音を残して部屋を出て行った。

 呆然と立っていたサガ宰相も慌てて王子の後に続き、ルリナ姫の部屋を後にした。

『ルシード王子が倒れられたときのようにもっと動揺されるかと思ったが』

 思ったよりも冷静な対応をした王子をみて、サガ宰相は胸をなでおろした。だが。

「サガ、ことは急を要する。キリヤのことを徹底的に調べろ」

「はっ」

「それと……サシャを呼べ」

「サシャですと」

 久々に聞くその名に、サガ宰相は驚きを隠せなかった。


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2007/1/28 update

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