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(23)


 じりじりと騒ぎ立てる目覚まし時計をとめて目を開けた。

 締め切ったはずのカーテンのすきまから朝日がこぼれて薄暗い部屋の中を少し明るくしている。

 いつも通りの朝。

 勤務先である大学病院へ向かうための準備をし、院内では必須アイテムであるPHSに着信がないか何度も確認

してからコーヒーをいれる。

 身支度を済ませ、鞄を持って駅まで歩くみちすがら小さな薬局をみつけてはっとする。

「ああ、これ、欲しかったんだ」

 店内に飛び込むと無意識に絆創膏の箱を手にとれる分だけわしずかみ、市販の消毒薬に手を伸ばす。

「後はテープとガーゼと軟膏と……」

 欲しかった、こんなどこの薬局でも売っているあたりまえの治療薬が。そうそう、プラスチックのピルケースも。

 そしてなぜか隣接のコーナーに売っていたかわいらしい髪留めをみつけてそれもかごに入れる。

 思いつくままカゴにつめこんでレジに持っていくとその量に驚いた店員が声を上げた。

「まあ、こんなにどうなさるの」

……。

 その瞬間、どこにいるか分からなくなる。

「ここ、ここはどこ?」

 そういえば部屋で夏美に会っただろうか。

 いや、夏美はもういない。どこにもいないはずだ。

 目の奥がずきずきと痛む。

 薬局にいたはずが周りの景色はぐにゃりとゆがみ、バーサを取り囲んだ。

 ここはどこだろう。私はどこにいた、なぜこんなに薬が必要なの。

 

 そして我にかえると今度は大学内の図書室にいた。

 いつもならば入り口にある検索機を使って小難しい病名から必要図書を探り出しそれから奥の棚へ向かって

いったはず。

 それなのに今欲しいのはそんなものじゃない。

 日本をはじめ、世界中の童話や伝記、数々の戯曲、そして各国の歴史。

 バーサはぎっしりとひしめいている本の背表紙をなぞりその一冊を手に取った。

 「意外と伊勢物語なんて喜んでくださるかもしれない。ハードカバーより文庫のほうがたくさん持って帰れるかな」

 するとたくさんの本を手にしたバーサに図書館の係員が声をかけた。

「先生、一度の貸し出しは10冊までですよ、そんなにどうなさるんです」

「ああ、そうでした。でもできるだけたくさん読んで差し上げたいのですが」

 そこまで話して絶句する。

 誰に……だっけ。

 手からするすると本がぬけていく。

「だめ、アルド王子に……」

 その名を口にした途端、バーサの目の前が明るくなった。

「アルド王子!」

 

**********

 

「タイラ、バーサがまだ目を覚まさないわ。もう今日で三日目よ」

 ルリナ姫が青い顔をしてタイラに問いかけた。

「傷もふさがりましたし、かなり汗をかいて毒もだしましたから。大丈夫、もうすぐ目を覚まされますよ」

「でも、なんだかうなされてばかりいるみたい。ねえ、『ナツミ』って何かしら。ひょっとして人の名前かも

しれないわね、何度も呼んでいたもの。大切な人なのよきっと」

 そう言うとバーサの汗を拭いていたダリがルリナ姫をたしなめた。

「姫様、そのような下世話な勘ぐりは下々のものがすることでございますよ」

 ルリナ姫は唇を突き出すと、

「ちがうわ、私は心配しているだけ」 拗ねたときにいつもする表情をつくってぷいと顔をそらした。

 

「ううう……」

 バーサが顔をしかめて体をよじった。

「うなされたりするというのは眠りが浅くなってきている証拠ですよ、ルリナ姫。どうかそのままに」

 心配のあまりバーサに近寄ろうとする姫にタイラは優しい声で諭した。

 しばらくの間何かをつぶやき、荒く息を吐いていたバーサであったが

「アルド王子!」そう大きく叫ぶとぱっちりと目を開けた。

 

 時を同じくして。

 アルシャ国、国王の命(めい)を受けた早馬がラヴァ国へと向かっていた。



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2007/2/12 update

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