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(34)
「王子、何度も申しますように、姫君たちに無事お帰りいただくこと、これが第一でございますぞ」
「わかっている。」
アルド王子はため息をついて目をそらした。
その後、帰郷の命(めい)をうけた姫君たちは競うようにして帰っていった。
まるでその命をとりけされてはかなわないという風情であった。
なかにはアルド王子に心動かされ、帰郷を渋った姫君も数名いたが、隣国の不幸の前ではすべて
「悪しき縁」の最中とされ帰郷せざるを得なかったようである。
さらに二日後、ついにルリナ姫の帰国の日を迎えた。
ルリナ姫の乗った馬車はなめらかに道を進み、あっという間に皆の視界から消えていった。
やや離れたところから見つめていたバーサは肩をふるわせ、ため息をつく。
姫の帰国日が決まってからはあわただしく、バーサは姫と話すこともできぬまま時が流れた。
そしていままた、馬車までのわずかな道のりさえもアルド王子をはじめ多くの兵士が警備のために取り囲んで
いたために近寄ることができなかった。
だが馬車に乗り込む際にルリナ姫は振り返り、離れたところに控えていたバーサに唇を動かして見せたのだ。
「マ・タ・ネ」
唇のうごきでわかる。
以前ルリナ姫にせがまれて教えたバーサの国の言葉、日本語のひとことであった。
短くて、発音が簡単で、そして再会を約束する言葉。
教えた言葉を何度もくりかえして覚えようとしていたルリナ姫の顔を思い出す。
馬車が見えなくなったとたん、バーサの中で押さえきれない何かがはじけた。
顔が、目が熱くなる。
のどの奥が引きつって、どうしていいのかわからない。
気がつくと走ってその場から離れていた。
走って、走って、無意識に足の向いた先はパリカールのいる馬小屋だった。
パリカールはバーサを見つけるとのんきに頭を振って前足を床にこすりつけ掻いて見せる。
「パリカール……」
バーサは自分がどうなっているのか気づかなかった。
パリーカールの頭をなでながら、しゃくりあげてようやく自分の頬が濡れていることに気がついたのである。
「なんでだろう」
バーサは
自分でも不思議だった。
いままでは泣けなかったではないか、そう自問した。
小さい頃、夏美と二人で突然祖父母の家に預けられた時も、
やさしかった祖母が逝ってしまった時も、
夏美があんな目にあってしまったときも、
最後に祖父までもが亡くなってしまったときでさえも。
ついにはしゃがみ込み、のどの奥からせり上がるかたまりを必死になって押さえこんだ。
やがてバーサの横に金色の小鳥と黒の小鳥がやってきたが、彼らはバーサを見守るようにじっとして動かな
かった。
「ああ、バーサ先生、どこに行ってらしたんですか」
バーサが城にもどるとルカが大きな足音を響かせながら走りよってきた。
「ルカ、どうしましたか」
「アルド王子がお呼びですよ、先生。だから勝手にいなくならないで下さいとあれほど……」
言葉を言いかけたルカが怪訝な表情をみせてバーサの顔を見つめている。
「なにかついていますか」
「先生、どうしたんです。その顔」
「え、変ですか?」
バーサは自分の両方の手のひらを自分の頬にあてた。たしかに熱い。
「目の周りが赤いですよ、それに」
ルカがそこまでいいかけたときである。
今度は力強い足音が響いた。
「バーサ、ここにいたのか」
「アルド王子」
バーサは
聞きなれた王子の声に顔を上げると、彼のまなざしは鋭くなった。
2009/8/26 update
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