Kaoru Tachibana (C) all rights reserved.  

このページで使用している素材の2次配布を禁じます。 内容の無許可転載は厳禁です。


(29)

 

「ルリナのことだが」。 アルド王子の声は低く落ち着いている。

 城へもどってからの話とはこうだった。

 ルリナ姫の兄の母、キリヤが急な病で亡くなった。

 女性とはいえ次期国王候補の生母としてそれなりの権力を誇っていた彼女の葬礼を行うに当り、

ルリナ姫は帰国をせねばならない。

「それでルリナ様のところに使いのかたが見えたのですか」

 バーサは納得した様子でうなずいた。

「そうですか。ルリナ様……帰ってしまわれるのですね」

「ふん、寂しいか、バーサ」

 とたんに元の不遜な態度に戻るとアルド王子はこう言い放った。

「あれの滞在期間中、お前はよく勤めた。己を捨ててまで守ったことに対し褒美をやろう」

「はぁ?」

 

 

 

 
「褒美……が、サライ様の下で修行ですか」

「そうだ」

「そうだ……って」

 ルリナ姫を助けたバーサにその褒美として城で主治医をしているサライのもとで修行してもよいとの許可が

下りた。 と、いうのは建前で、つまりは本格的に城に常駐するよう言われたのも同然である。 

 単純に考えれば歳若い医師にとってこれは大出世といえるのだが。

 「あの、私はヒンドゥ老師の下で修行させていただいている身。正式に召抱えられるとあれば老師の

許可をいただかなくては……」

 「それは問題ない」

 ひそやかに扉近くに控えていたサガ宰相が答えた。

 「ヒンドゥ老師にはわしから直接に話をし、すでに了解をとっておる。後刻お前からもそれなりの挨拶を

してくるように」

 「ろ、老師が許可されたのですか……ですが、私はまだ修行中、とても……」

 未だ、とまどう様子を見せるバーサにアルド王子の声が響く。

 「バーサ、いやなのか」

 アルド王子は覗き込むようにしてバーサの顔を見つめた。

 こういう目をしているときは何を言っても無駄だ。悟ったバーサはため息をつくと、

「とんでもない。た、大変光栄です」

 今度はこくりとうなずいた。

「うむ、それともう一つ」

「はぁ」

「バーサ、お前踊れるか」

「は……?」

「踊れるのかと聞いている」

「はぁ、それは『シュークリーム』に『カレー ルー』をかけたみたいなものでしょうか」*某名作リスペクトのセリフ

「なんだそれは、お前の言ってることがわからん」 

「王子が分からないことを言うから私も言ったまでです」

 すこし声を荒げてそう言うとアルド王子はわざとらしく目を見開いて見せ、にやりと笑った。

 バーサが感情的になればなるほどアルド王子はうれしそうな顔をする。その訳が分からずバーサは

いつも困惑してしまう。

 

 

「ルリナが帰るならお妃候補の相手をするなどという茶番は終わりだ。例の姫君たちも早々に帰郷させれば

いいと思ったのだがな」

 王子は言いながらサガ宰相をにらんだ。

「いきなり帰れなどとそんな無礼なことは許されませんぞ王子。今一度会を設けて経緯をご説明をしたうえで

お見送りしなければ」

「こういうわけだ」

 一体なにがこういう訳なのか、バーサはいまひとつ理解できていない。

「大体『茶番』ってなんですか」

しかしアルド王子の表情を見つめながらまたなにかたくらんでいることだけは分かったのだった。

 

←もどる つづき→

 


←コンテンツページへ

2008/4/13 update

 ←ご感想・誤字発見はこちらまで