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(27)
月明かりの中、人目を避けるように歩く男が一人。その後ろにまた一人。
二人は黙々と足を動かし、大通りを抜け、森へと分け入った。
そこには度々人が通るためか自然とできた小道があり、彼らはそれをまっすぐに進んで行く。
しばらくすると目的の小屋に到着した。
一人の男が入り口横にあるひもを引くと。
木と木がぶつかり合う乾いた音が聞こえた後、ゆっくりと扉が開いた。顔を出したのは老人であった。
「お待ちしておりました、サガ殿」
サガ宰相はうなずくと自身の後ろに控えていた男をそのまま扉の外に控えさせ、一人、部屋の中に入った。
どうやらその一人の男は警護のためについてきた兵士のようである。
「お見えになるとうかがってはおりましたが、まさかこのような夜更けに供のもの一人だけでお見えになるとは」
椅子をすすめながら小さなテーブルの対面に腰掛けた老人は、バーサの師であるヒンドゥ老師で
ある。
「どうしても一度、自分自身で確認したかったのだ」
「ほ、ほほ、医師として余生を過ごすこのおいぼれにどのようなお話で」
老師の飄々(ひょうひょう)とした態度にサガ宰相は大きく息を吐くと話し出した。
「わが国の医師、そのほとんどがかつては剣士として名をはせたものばかり。国王の覚えもめでたく、
老師、特にあなたは、その中でも多くの業績をのこした英雄だ」
サガ宰相はそこまで言うと老師の目をみつめた。老師もじっとサガ宰相を見つめている。
「英雄などと……それだけ誰かの命を奪っただけのこと。戦いの中、地を這い、傷は自分で縫い、
病気になっても地に生える薬草をおのれでせんじて飲まねばならぬ。兵士達は、生きるために自身がその知識
を身につけるしかない」
「分かっている、同時に名をはせた剣士は皆人を見る目がある、それが後の自身の生と死の運をわけるのだから」
その言葉にヒンドゥ老師は目を細めた。
「……バーサのことですかな」
サガ宰相はその言葉にうなずいた。
「ルシード様が亡くなられてからと言うものアルド王子は心を閉ざしてしまわれた。そんな中バーサが現れた。
あのアルド王子の心を開いたのは一体何者か。聞けばいままでただ一人の弟子をもったことのないあなたが
初めて迎えた弟子だという」
そこまで言うと言葉を切った。
「あれが何かいたしましたか」
老師はそういいながらゆっくりと立ち上がり奥の戸棚からとりだした2つのコップに水をそそぎ、宰相とそして
自身の前に置いた。
「先日……隣国のルリナ姫様を狙った刺客と争い、バーサが怪我をした」
「バーサが」
無表情だった老師が初めて驚きの表情を見せた。そしてそれはすぐに心配そうな表情へと変わった。
「ご安心なされ。幸い手当てが早くバーサはすでに回復しております、ですが」
サガ宰相はコップを手に取るとちびりとなめるように唇をぬらした。
「そのことに怒ったアルド王子がサシャをお呼びになられた」
「ほほう」 サシャの名を聞くと老師はゆっくりと目を閉じた。
「バーサには王子のよき理解者、よき助言者になってくれればと思っていたが、王子は……」
視線を前にもどすとヒンドゥ老師はコップを手にいかにもうまそうに水を飲んでいる。
「老師、聞いておられるのか」
だが宰相の声が聞こえないかのように、ヒンドゥ老師はなにも言わぬままであった。
2007/11/25 update
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