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「啓……」
そうつぶやくと真吾さんがキスをしてきた。
「うっ」
「啓、力をぬいて。口をあけて」
唇に触れながらそういわれて力が抜ける。するとゆっくりと彼の舌がはいってきた。
「んんん……」
うっそー。キスってこんなことするの? ただ唇を合わせるだけじゃないらしい。
ってことは私が前にしたキスは本当に単なるご挨拶だったんだな、と実感する。
悲しいことにファーストキスの相手は女の子だった。
高校の演劇部卒業公演で劇中相手役の女の子の頬にキスするシーンがあった。本番で練習通り頬にキスしようと
したらいきなり彼女に顔をつかまれて思いっきり唇にキスされた。
彼女にしてみればほんの『記念』のつもりだったらしいが、ファーストキスの相手が女の子ってことになった私の気
持ちも考えてほしい。
おまけにその後ヤキモチをやいた後輩たちが大騒ぎして大変なことになったんだっけ。
そんなバカなことを思い出しているうちに、キスをしながら彼の手が体中をまさぐっているのに気がついた。
「もうだめだ」
目を強く閉じる。
次の瞬間、彼の手が止まった。
ふれると一発で分かるところに彼の手がいったのだ。
そりゃあ、そりゃあ、最初っからここに手をやればすぐに分かってもらえたかもしれない。けど、いきなりそれがで
きる女性はこの世で「久本○美」くらいのものだろう。
「啓?」
動きを止めた彼が驚きを隠せない表情で私の顔を覗き込んでいる。
「私は、私は、ニューハーフじゃありません」
さっさと女だといえばいいのに訳が分からないことを言ってしまう。
「女なんです。だからっ、だから何度も話をしようとしたのに」
思わずまた涙がでる。ぼろぼろこぼれてとまらない。
「だからもう会わないほうがいいと思って、私は……」
そういって真吾さんの腕から逃れるため体をずらそうとした。が、彼はさら腕に力をこめて私を抱きこんだままだ。
「啓……、啓は本名か」
泣きながら首を振る。
「名前は?」
「恵(めぐみ)」
彼はその後何も言わず、ただ泣いている私の背中をなでていた。
そこまでは記憶にある。
ぐーーーーーっ。
うおーっ、お腹がすいた。
あまりの空腹にたえかねて飛び起きる。
「あれ、ここどこだっけ」真っ暗な部屋の中、ベッドの横の時計だけがぼんやりと時刻を映し出している。
12時40分。
すぐに何が起こったか思い出して青くなる。
「とうとうばれちゃったんだ」
みれば上着だけ脱がされていたけれど他に洋服に乱れはない。
もちろん隣に真吾さんはいない。
だだっぴろいホテルの一室にひとり。
「やっぱり、やっぱり怒っちゃったんだ。それでそれで真吾さん出て行っちゃったんだ……ううっ。」
「うわーん」
こんなところで男泣き、じゃなかった子供泣き。 分かっていたはずなのにまたまた涙がとまらない。
ひとしきり泣いた後、とりあえず洋服をさがすことにした。とてもじゃないけど朝までここにはいられない。
それにタキシードで帰るなんて目立っちゃってしょうがないからできれば避けたかった。
真っ暗なのでどこにライトのスイッチがあるか分からず、しょうがないのでベッドの下にすえつけられていた懐中電灯
をつけて自分の洋服と荷物をさがす。あーもう本当に泥棒みたいだ。
「あった。バッグ発見!」
備え付けの家具の引き出しにバッグが入っていた。中を見ると携帯電話に財布、そしてもう用のなくなった手紙が
ちゃんと入っていた。
そのあと洋服をさがしたけれどこれがどう探しても見つからない。クローゼット、ほかいろいろな引出し……
「ないな。もういいや。あきらめよう」
とりあえずそばに掛けてあった上着をとって部屋からでる。フロントを通るのはいやだったのでそのまま非常階段
への出口へと向かう。
「うそ」
出口を飛び出してから思い出した。ここって39階だった。耳元でびゅうびゅう風がうなっている。
「た……高いよ、暗いよ、怖いよ〜っ!!!」
あわててもとに戻ろうとしたけれど防犯のためか非常出口は外からは開かない。
きゃーっ、私ってほんっと大馬鹿。
しかたないのでそろそろと階段をおり、20階くらいまで降りるとようやく風が収まってきた。
そこからは一段抜かしに階段を爆走しようやく1階にたどりつく。
「真吾さん、さようなら」
またじんわりとしてくる目元をおさえてホテルから少しはなれたところでタクシーを拾う。
「○○駅へお願いします」
車に乗り込むと、タクシーの運転手はタキシード姿のままで泣き顔の私を見てびっくりしたようだ。それでも
「あいよっ」
了解する声がして、車は走り出した。
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2005/4/8 update