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『逃げ上手なシンデレラ・番外編』

「シンデレラの逃走」

立花薫


*注意:事前に弊サイト「逃げ上手なシンデレラ・番外編1」をお読みいただくことをお勧めします。

 

「沼田からか」

 着信を見て嫌なものを感じつつ電話を取った。

 何が嫌かって、決まっている。こいつのせいで俺は探偵業始めて以来初の『ご期待に添えない場合は料金を

すべてお返しします』って目にあったのだ。

 失敗したとはいえ一応報告完了までが仕事だからな。俺はコトの顛末をごまかすことなく報告した。

 がっかりするかと思ったが大いにウケていて腹が立つ。

「こんな目にあったからいうわけじゃないが、あの勘のよさ、度胸。俺のところに転職してこないかな」
 
 最後には冗談めかしてそう言うと、

「だめだ。たとえ仕事でもお前には渡さない」

 とかいいながらうれしそうだった。
 



************
 



「……頼みがあるんだ。今、香さんの店にいる。来れないか」

 めずらしくしょげ返ったような声に驚き、いつもの冗談を言う間もなく電話は切れた。
 
 うへぇ。やだやだ。週明けそうそう、こういうウザイ声はききたくないね。

 



「生島さん、いらっしゃい。遅かったのね」

 そういって迎えてくれたのはこの店の女性オーナー香さんだ。

「来てくれてよかったわ。真吾さんがもう恐いったらないのよ」

「おう、あいつ今どこにいる」

 店内を見回したが、いつもいるカウンター席にはいなかった。 

「店の雰囲気が悪くなるから奥に押し込んでおいたわ」

「ははっ。さすがだな」

 俺も奥へ入ってびっくりした。そこには「どよよーん」という雰囲気表記がぴったりの沼田がいた。

「お前どうしたんだ。そんな顔してちゃ店に迷惑がかかるだろうが」

 そういってヤツの前にすわると、何の前置きもなしにいきなり

「頼みがある」

 と、本題に入ってきやがった。電話ならともかく香さんの店ではまずたわいもない冗談をいいあうのが通常だった

はずだ。一体何があった。

「いなくなったんだ」

「はぁ? 誰が」

 言ってからピンときた。コイツがおかしくなる原因といえばあの『木蓮ちゃん』しかいないだろう。

「会ったのか」

「ああ」

 そういって酒を煽るこいつは明らかにいつもの冷静さを欠いている。

「部屋に戻ったらいなくなってたんだ」

 なんのことだよ。

「おい、落ち着け。お前の言ってること訳が分からないぞ。最初っから順序良く話せ」

 口の重い沼田からなんとか事の詳細をききだすと、なんだ、要は迫ったら逃げられたってことじゃないのか。

そう思ったんで素直にそう言ってみる。

「だからちがうんだ」

「だから何が」

「彼は、彼じゃなくて……彼女だったんだ」

 

……



「はああああああ?」

 驚く俺に沼田はパステルグリーンの封筒をさしだした。促されて中をみると、綺麗な字で沼田をだましたことを

詫びる手紙があった。

「取材って、おい、うそだろ。あれが女」

 姉を守ります、といって俺を見つめたあの目を思い出した。そしてぞくりときた。

 なるほど女ねえ。

「ふーん。いわれてみれば華奢だったし、妙に色っぽかったよな。腰もほっそりしてて……」

 そこまでいうと沼田の目がぎろりと光った。冗談だって。

「それにしても、お前だけじゃなく人を見抜くプロのはずの俺まで騙されるとはな」

 さらに詳しく聞いてから、あほらしくて溜息が出た。

「あのなあ、そんな大事な相手ならなんで一人にしたんだ。ちょっと考えてみろ。女だってばらした後にお前が

いなくなったらやっぱり女じゃ無理だと思って帰るだろうよ」

 俺がいらいらしながら言うと、

「……日曜日に一緒にパーティに行くつもりだった。だから。どうしても夜のうちにドレスを用意したかったんだ。

借り物じゃなくて、ちゃんとプレゼントしたかった」

 なんとまあこいつときたらあんな夜遅くにホテルの一階に入っていたブティックの店長を呼び出し、店を開けさせて

ドレスを選んでいたってんだからあきれる。
 
「ドレスってお前女の服のサイズなんてわかるのか」

 男のはともかく女性用の服を選ぶなんてできるのか、コイツに。

「彼女の服があった」

「おいおい、彼女の服持っていったのか。だからタキシードのままで帰るハメになったんだな。かわいそうに」

 そういうと沼田が顔をしかめている。

  いいねえ。二度と無いチャンスかもしれないから今のうちにしっかりいじめておこう。

 


「分かったよ、探すのを手伝えばいいんだろう。だがな俺は面が割れてるんだ。できることには限界があるぞ」

 沼田からの依頼に関しては機密保持を厳重にする意味もあって俺が直接調査することが原則だ。

 いつ転職するか分からない調査員どもには任せられない。

「すまん」

おいおい、あまりに素直で気味が悪くなってきた。

 さてと。前置きはこの辺でいい。

 後は友人として「木蓮ちゃん」にかかわった人間として確認しておかないといけないことがある。

「おい沼田。大事なことを確認しておきたいんだが」

「何だ」

「お前は男専門だったはずだ。少なくとも俺と知り合って以降はな。彼女を見つけ出してそれからどう するんだ。

恋人にするのか」

 沼田は何も答えない。

「お前、気持ちばっかり先立って、つき合いだしてからやっぱり『女はダメ』でした、なんて許されないぞ。

彼女が何気にお前との関係に線を引いているのもそれをよく分かっていたからだろう」

 ヤツは鋭い目をして俺を見ると

「啓……恵なら、どっちでもいい」

 ふん。言ってくれるじゃないか。男女の交際にこの台詞が出てくる事態がギャグだが、沼田が相手じゃ色々と

ややこしい。

「わかった、調査はする。だがな。もう一度よく考えろ。女相手で勃つか、ってな。大事なことだぞ」

 沼田は何も言わずにうなずいた。

 ターゲットに感情移入は厳禁だが、あいつのこれからの反応によっては見つけても知らせるのはやめよう、

本気でそう考えていた。




 俺のところに連絡する前に沼田は自分でもずいぶんと動き回ったようだ。

 ホテル非常口の扉は各階開けると空けた時間の記録が残るようになっている。彼女が出たのは夜中の1時10分。

 その時間でタキシードのまま少し離れた駅へ行ったとは考えにくい。沼田もそう考えてホテルと契約している指定

タクシー会社に連絡をとり、その晩の乗客記録を調べたらしいが該当者は見当たらなかったそうだ。

 次に彼女と最初に会った店にも行ったらしい。

 ところが、マスターから「その青年が来たら教えてくれと言ってきたのはあなたで5人目です」なんてぬかされたそうで

俺としては面白いことこの上ない。

 に、してもあのバカ今回は派手に動きすぎだ。スキャンダルを気にしていつもなら自分では動かないのに。
 
 奇跡のような話だが真剣らしい。

 

 しかしやっぱり素人だな。

 相手は俺を追い詰めたあの「木蓮ちゃん」だぞ。考えもなしにホテルの系列のタクシーなんか使う訳がない。

 ちょっとはなれたところから流しの個人タクシーをつかまえるくらいはするはずだ。

 それと、いまだに取材を続けている訳ないだろうから店のほうは調査対象からはずしてもいいだろう。




 そう当たりをつけて調べると個人タクシーではないが小規模なタクシー会社の運転手から有力な情報を

得た。 そいつの同僚がその晩タキシードをきた青年を乗せたといっていた、というものだ。
 
 まちがいない。
 
 俺はすぐさまその運転手に会いに行った。


 
 ところが、だ。運転手ときたら何か理由があるのかなかなか口を割らない。
 
 やむを得ず「その青年は自宅にももどっておらず、ひょっとすると自殺の可能性がある」と言ってみた。

運転手はそれを聞くと

「ええっ、やっぱショックだったんだなあ。俺よぉ、ずいぶんなぐさめたつもりだったのになあ」

そう言ってやっと全部話してくれた。

 ま、驚いたね。タクシーの運転手が無料で客を送るとは。タクシー会社では厳禁行為だから話せなかったわけだ。

しかも、

「は、おでん〜?」

 なんとまあ、俺には警戒心ぶりぶりの男前だったくせに、はじめてあった親父の前でピーピー泣いたあげくにおでん

おごってもらってなぐさめてもらっていたとは。

 まあ、なんというか。それだけ落ち込んだって事かな。

 全く沼田といい、木蓮ちゃんといい、二人揃って何やってんだ。ばかばかしい。


 その運転手は自分から率先して最後に彼女を送っていったマンションまで案内してくれた。

「俺、ここがあんちゃんちだと思ってたからよ。見つけてやってくれよなあ。なんかあの子、ほっとけなくてなあ」

 立場を忘れて本気で心配している様子だった。

「あーあ。ゲイの兄ちゃん達からタクシー運転手のオッサンまで。いろんなフェロモン垂れ流しだな、木蓮ちゃんは」
 


 
 マンション住人のポストを確認すると『Terasaki』はちゃんと存在した。

 


「ふふん、さてと。沼田に電話して晩飯でもおごってもらうとするか」

 依頼を受けてからなんだかんだで3日すぎたか。

 あいつの中でも答えが出ているだろう。細かい調査はそれからだ。



 俺は携帯電話をとりだした。

 


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2005/6/6 update

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