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「なあ、あんちゃん」

「は?」

「あんちゃんさあ……」

 タクシーの運転手さんがなんか言ってる。 『あんちゃん』か。 どうやら私のことらしい。

「は、はい」

「俺、あんまり聞きたがり屋じゃないんだけどさあ。あんちゃん、まさか映画の『卒業』みたいなことでもあったの」

「卒業?」

 運転手さんはバックミラーで私のほうをちらちら見ながら、

「あー、あんちゃん位若い人にはもう分かんねえかなあ。古い映画だもんな」

 ええっといや、聞いたことがあるような。うーん。覚えているはずなのにでてこない。

「うーんっとさ、結婚式の日に嫁さんかっさらっていく終わりの方のシーンが有名なんだけど」

「ああ」

 思い出した。古い映画だ。確かダスティンホフマン主役で最後は……えーと。お嫁さんさらってバスに乗ってい

く……って、まさか私が?

「私がお嫁さんをさらうんですか?」

「いやいや、そうじゃなくってさ。さらわれちゃったのかなっと思ってさ。あんちゃんのお嫁さん」

 あ、そっか。タキシード着て泣いてるヤツがいたらそう思われるのね。はははっ。

 でも失恋しちゃったってことはお嫁さんさらわれた人とかわらないかあ。

「は、……似たようなもんかな」

「ええっ、やっぱりそうなの。へー。本当にあるんだなあ。そんなこと。しかもあんたみたいにカッコイイ人

捨てちゃうってのはすごいね」

 ははは。力なく笑う。笑いながら情けなくなってまた涙がでてきてしまった。

「ううっ」

「わっ、あんちゃん、泣くなよ。ごめん、ごめん。思い出させちまって。まあ、長い人生いろいろあるわなあ」

 これ以上傷口に塩すりこむような真似しないで〜。

「うっ……」

「だから、泣くなよ、あんちゃん。しょうがないな、ほら、駅までただにしてやるから」

 そういって彼は、というより、その話し方から「おじさん」と呼ばせてもらおう、おじさんはメーターのスイッチを止め

てしまった。

 そこまでは期待してなかったけど、悪かったかな。いいのかな。

「でさあ、招待客ってのは何人くらい来てた訳」

 なんだ興味本位に話が聞きたいのか。だからタダにしたなこのおじさん。

「ちがうよ。式があったわけじゃなくて、好きな人に振られちゃっただけ」

 ダタにしてもらったとなるとちょっとは話さないといけない気がした。

「あーっ、そうか。好きな人の結婚式によばれちゃったってあれかい?」

 なによ『あれ』って。ぜんぜん違うけど、まあ、いいか。

「そんなもんです」力なく答える。

 話しながら、あほらしくて、せつなくてまた涙がとまらなくなってしまった。

 これには本当におじさんも困ったらしく、

「いやー、どうしようかな。ごめんな」

 などとしきりに謝っている。ちがう、ちがう。おじさんが悪いわけじゃないんだけど。


ぐーーーーーっ。


 
わー。おまけにお腹がすいてること思い出してしまった。

「すごい音だな。なんだ、あんちゃん、おなかすいてんのかい」

「え、あ、あの」

 私ときたら泣くだけじゃなくて、おなかまで鳴らして全くもう。恥ずかしい〜。

「どっかで何か食っていくか」

 おじさんがハンドルをきる。

「え、でもこんな時間だし、こんな格好だから」

 そう言って断ろうとすると

「平気。平気。今の時間ならガラ空きのはずだから」





 そんなこんなで、おじさんに連れられてきたところは屋台のおでん屋。

なるほどまるで人目をさけるようにひっそりした場所で屋台をだしている。

「ここはねー。俺たちタクシー運転手の穴場なの。あんちゃんは特別だよ」

「はあ」

「お、いらっしゃい。ひさしぶりだね」

「今日は客もつれてきてやったぞ。ほら、あんちゃんも座った座った」

「また、ずいぶん変わったお友達だね」

屋台のおじさんは私の格好を見て驚いたようだ。そりゃそうだ。

「今日はな、あんちゃんの失恋記念日ってやつだ。な!」

 またそんなこと言って……。 おじさんの冗談にまだ笑える状態ではなくてまた涙ぐんでしまう。

「うわわっ、いけね、また言っちまった。あんちゃん、好きなもんたのめ。おごってやるから安心しろ」

 

「グスッ、大根とはんぺんと……グスグス……ちくわと……グズッ……タマゴ……あと、ちくわぶ」

 

 そのあと慰めてくれるつもりか延々とタクシーと屋台のおじさんの人生苦労話をきかされた。

 おでんを食べておなかが一杯になってきたら 「失恋してこんなふうになぐさめられる女性って私くらいだな」

なんて思えるくらいに気分も明るくなってきた。


 最後には「にいちゃん、1人で又おいで〜」なんていわれながらそこを立ち去ったのだった。

 

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2005/4/13 update

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