Kaoru Tachibana (C) all rights reserved.  

このページで使用している素材の2次配布を禁じます。 内容の無許可転載は厳禁です。


(20)


「大丈夫……。すこし、か、かすっただけです」

 すがりつくルリナ姫を抑えてバーサは顔を上げた。

「うっ」

 嘔気と振戦(『吐き気』と『ふるえ』のこと)……、ナイフに何か毒物が……

 うすれゆく意識の中でバーサは自身を診断する。

 バーサの目にルリナ姫の泣き顔が映った。

「バーサ、すぐに兵士を呼ぶわ、しっかりして」

 そういいながら震えるバーサの手をしっかりつかんでいる。

「ルリナ……怪我……」

「平気よ、私は平気。どこも怪我なんてしてないわ、ダリも。だからしっかりして。ダリ! はやく、はやく誰かを」

 大声を上げるルリナ姫の頬にバーサの手が触れる。

「ルリナ様、どうか……このまま……王子には、王子には」

「バーサ、あなた、あなた何を言っているの。ダリ、急いで」

「ダリ。待って……っ」

 走って助けを呼びにいこうとするダリをバーサが止めた。

「お……願い……王子には……」

「わかったわ、アルドには言わない、だから言うことを聞いてちょだいバーサ。ダリ、タイラだけを呼んで、早く」

 ダリは力をこめてうなずくと城へ向かって駆け出した。

 バーサはルリナ姫の手をしかっかりにぎり返し、もう片方の手で彼女の涙にぬれた頬を撫でる。

夏美……夏美、なっ……。泣かな……すぐ、すぐに……くから」 

 バーサの意識はここで途切れた。

 

 

 

「ルリナ様」

 寝室の扉を開けて主治医タイラがルリナ姫を呼ぶ。

「バーサの具合はどうなの、助けなさい、なんとしてでも助けるのよ」

「ご安心ください、毒消しをのませてただいま眠っております」

 タイラは穏やかな表情でルリナ姫に報告をした。

「私にもわかる植物の毒で助かりました。毒が完全に消えるまでは多少苦しいかもしれませんが」

 するとルリナ姫はため息をついて

「助かるのね、とにかく助かったのだわ」 そう言って力がぬけたように扉にもたれかかった。

「ですが。もう一つご報告がございます。こちらへ」

 タイラはルリナ姫を促して寝室へと戻っていく。

 ベッドでは真っ白な顔色のバーサが息も荒く眠っている。

「バーサ、ひどい汗」

 するとタイラはベッドの横に用意してある布でバーサの額の汗をぬぐった。

「毒がぬけるまでは汗をたくさんかいていただかなくてはなりません。薬湯も無理やりにでも飲ませます」

 話しながらもバーサの口元に吸い飲みをもっていく。

「ルリナ様、お話したいのはこのことです」

 タイラはバーサの汗をぬぐいながら、その服の胸元をはだいてルリナ姫に見せた。

 

 

「バーサ……あなた……」

 ルリナ姫は目を見開いて驚きの表情を見せ、そしてすぐにそれは哀れみの表情へと変った。

「このように体をぐるぐる巻きにしておいたのがよかったですね。血液の流れがある程度制限されて

毒のまわりが遅かったのでしょう」

 バーサの体には胸元から腰辺りにいたるまで幾重にも布が巻きつけられており、もちろんそれが

 何のために巻きつけられているか一目瞭然だった。

 

「タイラ、この事は他言はなりませんよ、とくに……アルド王子には絶対に」

「はい」

 タイラはバーサの胸元を直しすぐに頭をたれた。

「ダリをよんで。これからバーサの世話は彼女にまかせます」

 

 

 とはいえ何もかもラヴア国城内で起こったことを完全に隠したままとは行かない。

 ルリナ姫はまずサガ宰相に会い、ことの次第を説明、襲ってきた男を引き渡す。

 

「バーサが怪我をした、あのバーサが」

「はい、私の主治医が申しますには傷は浅いがナイフに塗られていた毒にやられていると」

「毒だと」

 さすがのサガ宰相も青い顔をしていた。

「アルド王子にはまだ報告されないほうがいいと思います。夜には各国の姫君たちとの晩餐会が

ありますし。いま報告したらアルド王子はどういう行動をとられるか」

 それはサガ宰相も思っていたことである。

「ご安心くださいませ。バーサは私の命を救ってくれたのです、完治するまで私が責任を持って預かります」

 そうきっぱりと言い顔を上げたルリナ姫の表情は威厳をたたえて、まさに姫君であり、さすがのサガ宰相も

うなずかざるを得なかった。


←もどる つづき→

 


←コンテンツページへ

2006/9/18 update

 ←ご感想・誤字発見はこちらまで