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(16)


 アルド王子の命によりバーサを呼びに出た兵士ルカは溜息をついて額の汗をぬぐった。  

 バーサと王子が懇意になってから一番最初にバーサに使いに出されたのが彼である。

 そしてその時以来なぜか『バーサ呼出し係』とされてしまい、おかげでバーサの立ち寄る場所や大体の行動

スケジュールを把握するようになってしまった。

 そんな彼であったはずなのだが。



「ああ、どこにいるんだ、先生」

 バーサを訪ねて小屋に行ったがそこにはおらず、ヒンドゥ老師のところにもいなかった。

 その後もバーサがよく立ち寄る病人のいる家などを数件訪ねたがそこにもいない。

 今までこんなことは一度もなかった。いつもならかならずこのルート上でバーサは見つかったのだ。

 ぞくり、ルカは震えた。

 バーサが帰ってしまったと聞いて顔色の変わったアルド王子を思い出したからである。

「ちくしょう、見つからない、どうする。ああ、先生もちょろちょろせずに城にいればいいのに」

 ルカが肩を落として城への道を歩いていると、

「ブーッ」

なにやら聞きなれた鳴き声がする。

「この声は……」

 思わず鳴き声の聞こえた方に走る。

「パー、お前はパーじゃないか。先生はここにいるのか」 ルカは大声を上げて近寄った。

 見ればそこはルリばあさんの家。

「先生、先生!」 

 ルカがバンバンと扉をたたくとルリばあさんがむっとした顔を見せた。

「まあまあ、うるさいね」 

「ああ、騒いですまない。私は城からの使いでルカ。ここに、ここにバーサ先生はおられるか」

 すると、奥の部屋からバーサがひょっこり顔を出した。

「あれ、ルカではありませんか」

「先生!」ルカは安堵のあまり腰からくにゃりと倒れそうになった。

「ああ、よかった見つかって」

「ルカ、ちょうどいい。あなたも一ついかがです。今晩じゅうに食べないともうダメだと思うんです」

「は」

 バーサが指差した先を見ると瓜が三つテーブルの上にのっており、熟しきった甘い匂いを放っていた。

「ここのところずっと帰れなかったので、床下に保管しておいた瓜が熟してしまって。ご家族の多い家を何件か

回って配っていたのですよ」

 笑いながらバーサは瓜を一つとってルカに渡した。

 いつものルートでは見つからないわけである。

「先生、それどころじゃありませんよ。王子がお探しです。城に戻ってください」

 ルカがそういうと、バーサは眉をひそめた。

「王子がですか? ……私にも仕事があるのですが」

「先生」

「ちょっと預けている間にパリカールは名前を忘れて『パー』にしか反応しなくなってしまうし」

「お願いします」

「オスカルとアンドレが年中くちばしで髪をひっぱるのでキューティクルは剥がれ放題」

「?」

「冗談ですよ。でもいい加減に洗濯だけでもしたいのです」

 バーサは自分の着ているローブを大げさに振ってみせた。この国では医者はみなギリシャの哲学者のような

生成りの ローブを身にまとっている。

「先生お願いです。王子のご命令なのです」

 ところがバーサは一向に外へ出る様子がない。 

 と、突然ルリばあさんが笑い出した。

「先生、意地悪ですよ。一緒に行ってやってくださいましよ、洗濯なんてこの人にやらせりゃいいんですよ、

さあさあ」

 ばあさんの大きな手で背中を押されたバーサは、結局、ルカと一緒に家を追い出されてしまった。

 

「やれやれ。私は、この国の医者には向いていないのかもしれませんね、人間ができていないっていうか……」

「先生?」

 ルカはバーサの困惑の理由が分からず首をひねった。 


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2006/5/31 update

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