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「真吾さん、どうして」
私はまるでいま気がついたかのように驚いた顔をして聞く。
「やあ」
彼は少しはにかんで、
「やはりこの駅でよかったんだ。そろそろおごってもらおうと思ってね。待ってたんだ」
「……」
「すまない。迷惑かな」
そんなこと絶対無い。だって私は今、会えてとってもうれしい。
「あ、あの、いきましょうか」
「いいのかい」
「もちろんです。せっかく待っていただいたのに。でも私のお給料にあわせたお店にしかいけませんよ。
がっかりしないでください」
彼の顔をみるとうれしそうに笑ってくれている。
「待ったかいがあった。嫌われるかもしれないと思いながら……待っていた」
そういってくれた彼に私もなんとか笑って見せる。やはりこれから真実を話すことを思うと胸が痛い。
真吾さん、今、私の顔はひきつっていない。
どこにしようか考えたけど自宅から少し離れたチェーンの焼き鳥専門店へ連れて行く。
ここなら開店したばかりの店だからきれいだし、知り合いもいない。
自宅の近所にこうしたチェーン店が建つようになったのは最近のことだ。
「すいません。でも、ここ、チェーン店のわりにはいい日本酒が揃っているんです。あ、今日車ですか」
「いや、それは気にしなくていいよ」
新しい店だったせいかまだ客足も少なく、奥の広々とした二人席に通された。
小さいながらテープルごとに仕切りがあり、まるで個室のようになっている。
その仕切りにはふすまなどを使って古い日本家屋のような風情をかもしだしている。そんなところも
気に入っていた。
せっかくの酒がまずくなるといけないので真吾さんにいうのは食べ終わってからにしよう。
そう決めた。だから今は楽しく話をしようと思った。
「ええと。真吾さん、苦手な食べ物ってありますか。人によってはモツとか嫌いな人がいるから」
メニューを見ながら聞くと
「いや、嫌いなものはないよ。今日はまかせよう」
「じゃ、最初から冷酒と、あと適当に頼んじゃっていいですか、お勧めがあるんです」
メニューにお気に入りの冷酒が今日特別入荷とあった。めったに入らない大吟醸! 冷酒に目がない
私はそれを見つけてうかつにもすこしはしゃいでしまったようだ。メニューから顔を上げると彼が私をじっと
見つめている。「あの」
「いや、よかった、と思ってね。駅で待っているなんて本当に嫌わるんじゃないかって心配だったから。ストーカーに
間違われるんじゃないかとか。ふてぶてしく見えるかもしれないけど、結構怖かったんだ」
そういってとろけそうな笑顔になった。
「真吾さん」
心が痛い……ずきずきする。
真吾さんが気に入っているのは「啓(けい)」であって本当の私「恵(めぐみ)」じゃない。
どうしよう。どうしようと思いながら、喜んでお酒を飲み、話をしてくれる真吾さんをみながら、
「ああああああ、もったいねえ」とおちゃらけた発想をしてしまう自分を責めてしまうのだった。
2004/11/20 update