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真っ白になっていたのは時間にすればホンの2、3秒だったかもしれない。
「寺崎君、大丈夫かね」
「は、はい」
社長に声を掛けられてあわてて落っことした荷物を拾う。 グラスは会場の係の人がさりげなく片付けてくれた。
どうしよう。
背中と額に汗が流れている。
「仕事しなくちゃ」と「逃げなくちゃ」をはかりにかけたらはかりが真中からぼきっと折れる気がする。でも……
「し、社長。申し訳ありません」
「どうした?」
「その、急に……ぐ、具合が悪くなって」
私は本当に汗をだらだらと流していたので(事実は冷や汗だけど)社長も気を使ってくれた。
「随分悪そうだな。だいじょうぶか?じゃあ、後は伊藤君にフォローしてもらうから帰っていいよ。えーっと、彼女はどこ
かな。伊藤君、伊藤君!」
どひー。
今伊藤さんを呼んだらもれなく真吾さんがついてくる、じゃない、 見つかっちゃう。
真吾さんは私をみても平気かもしれないけど今の私にはあまりにも痛すぎる。
似合いもしない女性用のスーツに化粧をしている私なんて見られたくない。
……そう思うとまた泣きたくなる。
「社長、失礼します」
社長の横にパンフレットの束をどおんっ、と置くと自分のバックだけもつ。
「あ、寺崎君?」
そして社長が呼び止めるのも聞かず、出口へと移動する。下手に走ると目立つからマズイ、ゆっくり、ゆっくり……
会場をでると表ではなく裏の玄関口へと向う。走る一歩手前の速歩でがっつんがっつん歩く。
一流ホテルだと裏口とはいえかなり立派なものでタクシー乗り場の目の前に出ることができる。
でたらすぐにタクシーに乗れば…。
ところがそう思って裏口に行ったのが裏目に出てしまった。
そこは車で到着したパーティの参加者でものすごくごったがえしていて更に恐ろしいことに、よく見るとこの間真吾さん
に紹介された人たちがわらわらといるではないか。
「あわわっ。そういえば皆ヨーロッパ関連の企業の人たちだったんだ」
私ったらなんて馬鹿なんだろう。
たしかにあの時は緊張していて名前なんて覚えていられなかったせいもあるけど。
に、しても、もっと早く気が付くべきだった。
出席者リストをもっとちゃんと見ていたら気が付いたかも知らなかったのに。
……いや。リストは伊藤さんが握っていたんだっけ。
はあ。
「やっぱりいつでもどんなときにも非常口だなぁ」
ここ最近前にも増して“非常口”とか“非常階段”に注意を向けるようになっていた私は当然チェック済みのこのホテル
の一階非常口へと向う。
Uターンして
廊下へでて、えっと、たしか突き当たりに中庭に出る非常口があったはず。
バンッ
非常口の扉をあけて外に出ると、へにょーん……体から一気に力が抜けた。
誰もいないホテル内の日本庭園をとぼとぼ歩いて隅にあるししおどしのところまで来ると、それに手をかけてしゃが
みこむ。
「あー、1人で何やってんだろ私」
そういいながら額を抑える。
でも……。
ちらっとだけでも真吾さんが見れてうれしかったかも。 元気そうでよかった。ははっ。
なんだかついこの間2人で会ってたことが遥か昔の事だったみたいに思える。
するとその時後ろから
「お客様、大丈夫ですか?」と声が聞こえた。
しゃがみこんでいる私に気がついてホテルの人が心配して来てくれたらしい。ううっ。さすが一流ホテル。
「いいえ、あの、ちょっと気分が悪くなっちゃって。もう平気ですから」
そう言って立ち上がろうとしたとき、
「……それは大変だ、すぐに帰ったほうがいいな」
へっ?
どっかで聞いたたような声。
そのまま声の主に腕をとられた。
2005/7/25 update