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「寺崎さん、すっごいと思わない」
「は?」
「やぁだ、分からないの」
そういって伊藤さんは社長から渡された招待状を広げて見せた。
「まあうちの会社もフランスに合弁会社をつくるからこういったお誘いはくると思っていたけど」
はあ。
社長に届いたパーティの招待状はフランスの商工会議所からのもので、日本からフランスに進出する大手企業の
役員などに出状されているとのことだった。
先日うちの会社がフランスに合弁会社をつくると正式発表したのであわてて送ってきたらしい。
休日出勤なんて、とぶりぶり怒るかと思ったのになぜか伊藤さんはエラくご機嫌である。
「伊藤さん、私よく知らないんだけどこのパーティってそんなにすごいの?」
そう聞くと彼女はふふん、といわんばかりにさらに説明しだした。
「出席者リストをごらんなさいよ。ほとんどが経済同○会のメンバーじゃない。そればっかりじゃなく異種懇談会もある
みたいだし、きっと若いやり手の青年実業家もいっぱい参加してくるわよ」
なるほど伊藤さん、鼻息あらいわけだ〜。まあ私は社長の名刺もちアンド荷物もちであるからして、関係ないな。
「寺崎さん、私ピンク色のスーツを着ていくからかぶらないように気をつけてね」
はいはい、そんな自殺行為はいたしません。
「じゃ、私はベージュのスーツにしようかな」
その日の帰り、あれっ、と思った。
ここ数日感じていた誰かに見られているような変な気配を感じなくなった。ひょっとして私の気のせいだったの
かな。
「うーん。おかしいなあ。いままでのパターンだともうちょっと見張られた後、嫌がらせがはじまるんだけどな」
心当たりがありすぎるだけに困ったもんだけど、かえって不気味だからやっぱり事情を話して田村さんにでもきてもら
ったほうがいいかもしれない。
それも合わせてお姉ちゃんに相談しなくちゃ。
さて、家についてから明日は急な用事で休日出勤になったことをお姉ちゃんに言うと。
「もーーーーっ、めぐたんの馬鹿ーーーー!!!」
とまあ、うるさい、うるさい。 今度は「りらっくま」と「ぴちょんくん」ぬいぐるみが飛んできた。
土曜日は出社するとまずパーティでご挨拶したかたたちに配るための会社案内を用意する、これがなかなか
大変でまとめて持つとかなり重い。
に、しても伊藤さんにはあきれるというかここまでくるとすごいというか。
なんとわずかなお昼休みの時間に美容室に行って髪をキレイに整えてもらっていた。
さらには社長のよりも自分の名刺準備に余念がなく、彼女の背中に『気合』と書いた文字が見えそうな気がしてきた。
他にもいろいろ準備していたらあっというまにパーティに行く時間になり、伊藤さんは名刺、私は会社案内の束を
もって(伊藤さん半分持ってよ)社長車に乗り込んだのだった。
会場は銀座にある一流ホテルのパーティ用ホール。
招待状をもって受付をすませ、会場内に入るとすぐさまシャンパンの入ったグラスを渡される。
立食形式の気取らないパーティなため社長は如才なくいろいろな参加者に声をかけ名刺をくばっていた。
……伊藤さんはというと。会場内でこつぜんと姿を消していた。
しばらくすると、ホール前方に用意された舞台の上にフランス大使、ほかこのパーティの関係者が壇上にあがり
挨拶を始める。
「まったくもう、伊藤さんったらどこ行ったのかな」
社長の斜め後ろに立ってきょろきょろしていると。
「あ、いた」
会場の隅のほうで伊藤さんが120%ぶっちぎり笑顔で話し込んでいるのが見えた。
まったくもう、何やってんだか。
ところがその話し相手が目に入った瞬間、手に持っていたグラスと荷物を全部落っことしてしまった。
伊藤さんが話している相手は……
「真吾さん」
2005/7/14 update