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「し……」
真吾さん……
あまりのことに驚いて言葉がでない。
彼は金縛り状態で動けなくなっている私の顎をとって上に向ける。
「なるほど。はじめて『恵』に会えたわけだな」
にっこり……ではなくあの懐かしいニヒルな笑み。
『はじめて恵に……』 そう言われて自分が化粧していたことを思い出していたたまれなくなった。
こんな顔見られた……そう思った瞬間、無意識に逃げようとして後ずさる。
「恵?」
「わつっ」
なんと日ごろ履きなれないパンプスの細いヒールが石畳と石畳の細い溝に挟まって引っかかった。
そのせいでパンプスが脱げた上に目いっぱい尻もちをついてしまった。 いてて、私、私なにやってるんだろう。
頭の上の方で小さくため息が聞こえる。
「まったく。すぐに逃げようとするからだ。こっちもいらないな」
そういって残ったもう片方のパンプスをとって手の届かないところへ放り投げてしまった。
「あ……」
わーーーーなにするの〜。
「心配するな、あとで店ごと買ってやる」
そういうと私を思いっきり抱えあげた。
「ちょ、ちょっ、あの、あの……」
「つかまらないと落ちるぞ、恵」
靴がないから……逃げられない……。 なんで靴を投げられたか理由が分かって赤面する。
彼は……真吾さんは私を抱えたままずんずん庭園を歩いてどうやらホテルのそばの駐車場に向かっているらしい。
ううう。こんな格好誰かにみられたらどうしよう。
そんな事思っていたら。
「よお、やっとお姫様捕まえたか?」
横から突然真吾さんに話しかける声がした。
でも私はその声を聞いて真吾さんに抱えられているにもかかわらず飛び跳ねる。
こ、この声は……どこかで……
「し、真吾さん。 こ、この人は……」
無意識に真吾さんの胸でじたばたする。
「お前来てたのか」
えっ。
「そんな言い方はないだろう。俺は『体をはって』協力したのに。なあ、木蓮ちゃん」
そういって私の顔を覗き込んだ男をみて息が止まるほど驚いた。
「……!!!」
あの時の探偵だ。あの人、おねえちゃんのストーカーが雇った探偵じゃなかったんだ。
「いいかげんにしろ。恵にはまだ何も話していないんだ」
「わーったよ。ま、ちゃんと捕獲できたところを確認できたからよしとするか。おい、俺への誤解はきっちり解いとけよ。
今度会ったらお茶くらいしたいからな」
すると真吾さんは軽く舌打ちして、
「させるか、そんな事。 恵、全部話すから。逃げるなよ」
ってこの状態じゃ逃げられませんってば。
「じゃあな、木蓮ちゃん。またな」 彼は手をひらひらさせてホテルの駐車場へと歩いていってしまった。
い、一体何がどうなっているんだろう。
どうしよう、どうしよう。 ……あの人……あの人だ。私がこの間アルコール漬けにしちゃった探偵……
まさか真吾さんの知り合いだったなんて。でも、でも、なんで……
いろいろ考えすぎて訳が分からず真吾さんの顔を見ると、
「行くぞ」
そう言ってにっこり笑う。
駐車場について前に一度乗ったことのあるベンツが見えると、中から運転手さんがでてきてドアを開けてくれた。
すごいこの人。 この状況をみて表情ひとつ変えないところが恐ろしい。
真吾さんは私を抱えたまま車に乗り込み、そのままどかっと腰を下ろした。
うーむ。さすがベンツ。見た目車高が低いのに中は広々……なんてこと感心している場合じゃないか。
どうも今自分がどういう状況にあるのかまるで実感がわかない。一体何がどうしてどうなってるんだろう。
しかし、私は今真吾さんのひざに乗っているわけで。これは、さすがに恥ずかしい。
だって運転手さんがいるのに……ずれて座っちゃだめかな。
「あの。よ、横に座っちゃだめですか」
おそるおそる聞くと、
「もう少しで着く」
すこし怒っているような声が返ってきてどうやらどくのは無理らしいとあきらめる。
いったいどこに行くんだろう。
そう思っている間に車は先日私が大脱走したホテルの駐車場へと滑り込んでいく。
ひえーっ、まさか抱っこされたままフロントの前を通るというのでは?
なんて恐れていた通り車が駐車場横のホテル入り口に着くと真吾さんは平気な顔をして私を抱えて歩いていく。
わーーーっ、はずかしい。
もう顔を上げていられず真吾さんの胸元に顔をうずめる。 頭が混乱して考えてることがぐちゃぐちゃになってる。
「おかえりなさいませ」 ああ、これはきっとホテルのコンセルジュの声だ。
そのままコンセルジュに部屋まで送らせ、室内に2人きりになると
ふう、
と、ため息が聞こえ、真吾さんはそのままそばのソファーに腰を下ろした。やっぱり私は抱えられたまま。
しばらく黙っていた真吾さんは
「……この間は……1人にしてすまなかった」 ぽつりとつぶやいた。
それがあの晩のことを言っているのだとわかると思いっきり首を横に振る。
その拍子に真吾さんのシャツの襟元に赤いシミがついているのに気がついてぎくりとした。
……思い当たって自分の唇に触れてみる……シャツに口紅が……さっき顔をうずめたときだ。
口紅の赤いシミを見ながら改めて『お前は女なんだぞ』って突きつけられた気がしてまた悲しくなってくる。
真吾さんの前にいる今、女でいることがたまらなくいやだ。どうしても越えられない壁を突きつけられる気がす
る。
離れていれば忘れられると思っていたのに。
「どうした、恵」
問いかけられても顔を上げられない。口紅のシミから目が離せない。
真吾さんはどうして今夜現れたんだろう、どうして私をここに連れてきたんだろう、そして……どうするつもりなんだろう。
「恵……泣いてるのか」
声が聞こえると無意識に手をシャツの襟元に持っていく。
「真吾さん……どうして……」
すると彼は私の背中をやさしくさすりながらまるで子供をあやすように体を揺らした。
どうしてこんなことを。 こんなことをされたら私は絶対に期待してしまう。
「真吾さん。私……女なんです……」
あの時と同じように声を振り絞って言う。
「知ってる」
「男じゃないんです」
「うん」
そういった後、また2人ともだまりこんでしまう。
「まさかこのセリフを女性に向かって言う日が来るとは思わなかったな」
またため息が聞こえた。
「好きなのは恵であって女性であろうと男性だろうと関係ない」
瞬間、胸の奥がいたくてはじけるような気がした。
「く、口紅つけてても?」
「ああ」
「たまに香水つけてても?」
「ああ」
「スカートはいてても?」
そこまで言うと真吾さんはふきだして、
「全部OKだ……恵限定だが」
真吾さんの笑い声が聞こえて、うれしくて両手でゆっくり彼の襟元に手を回す。
すると真吾さんも力をこめて抱き返してくれた。
「恵、今夜は一晩中話をしよう。お互いいままで話せなかったことを全部話そう」
「うん……うん」
うなずいて私も手に力をこめる。
一晩中話しをしよう。いっぱい聞きたいことがある。いっぱい話したいことがある。
……でも
明日家に帰ったらお姉ちゃんの部屋から超巨大トトロぬいぐるみが飛んでくるな……。
終
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