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 月曜日、この日は四半期に一度催される役員会の日。

 配布が遅くなった資料の件で総務課長にねちねちとお小言を受けながら集まった役員達のために昼食を用意する。

 会議参加役員の分と補佐で集まった部長たちの分も用意するので結構な数になる。

 私と伊藤さんはまだペーペーであるからして率先して肉体労働しなくてはならない、がっ。

 伊藤さ〜ん、今日役員会があるって分かっててどうしてネイルばっちりしてくるかな、もう。

 お茶だししたあと湯飲みを片付けたり、食後にはコーヒーもださなくちゃいけないのにあのつけ爪でどうする気なの 

だろう。


 ああ、今日はそうでなくても忙しいのに。でもいいか。今はあまり考え事をしたくないから。

 暇だと色々考えちゃうし、そうなるとやっぱり真吾さんのこと思い出しちゃうし。


 とはいえ、午後3時まで、つまり役員にコーヒーを出してそのカップを下げて片付けるまでは殺人的な忙しさ。

 結局その間、なんだかんだと理由をつけて伊藤さんは席を離れなかった。



 役員会の日は大変だけど、夜は必ず役員と部長一同が近くのレストランで会食することになっている。 全員早々

にいなくなってくれるから秘書も早く帰れることが多い。



「だーっ、疲れた」

 やっと席に戻ると、なんのつもりか伊藤さんが猫なで声で話し掛けてきた。

「ねえ、寺崎さぁん」

 うっ、こういう声を出すときの伊藤さんは要注意だ。

 鳥肌が立つのをおさえつつ、「どうしたの?」と聞くと、

「今夜あいてないかしら。合コンがあるんだけど急に女の子1人足らなくなったの。ね、場所はね、すごいのよ。豪華

ホテルのイタリアンレストラン」

 なるほど、完璧なネイルはそのためか。 そう思いながら、差し出されたレストランの地図を見て腰が抜けそうにな

った。

「うそっ。あのホテル!」

 そう、私が非常階段から脱走したあのホテル。冗談じゃない。別に悪いことしたわけじゃないけど(たぶん)、でも

絶対に行きたくない。

 それに今日は良く動かないといけないからと思ってグレーのパンツスーツ。はっきり言って女性らしくないスーツだ。

よりによってこんなときに。

 

 そこで私は3年に一度くらいしか使えない必殺技を使って断ることにした。

「ごめんなさい。姉が具合悪いっていってたから今日は早く帰りたいの」

「えー。お姉さん、大人なんだし風邪とかなら大丈夫じゃないの。出会いのチャンスは大事にしないと。相手は一部

上場の広告代理店勤務なのよ」

「でも、病気で亡くなった母も最初はこうだったから心配で」

 そう言ってうつむく。


ああ、母さんごめんなさい。こんな嘘に母さんをつかってしまいました。


 どうしてここまでって思われるかもしれないけど、今までの経験から伊藤さんには生死に関わるレベルの嘘をつか

ないと断れないというのは分かっている。


「あ、そう……なの。じゃあ仕方ないわよね」

やった! 当ったり前だ。これで理解してくれなきゃ人間じゃない。

「そうだ、姉さん、大丈夫かな。ちょっと電話してきます」

 わざとらしくそう言って席を立つ。

 早くお姉ちゃんに言っておかなきゃ、こういう時に限って秘書課に電話がかけてきちゃうかもしれない。

 なんせ『マーフィーの法則』を具現したみたいな人なんだから。

 ところが自宅に電話しても出ない。携帯にかけても出ない。しかたなく携帯にメッセージを残して電話を切る。


「おかしいな。またデートかな、それとも取材? 朝何も言ってなかったけど」

 そう思いつつ、席に戻ると無気味なことに伊藤さんがニコニコ顔で手を振っている。



「寺崎さーん、お姉様からお電話よ〜」





……最悪。



「あ、姉さん、大丈夫? すぐに携帯に掛け直すから」

 そう言って電話をぶった切ってまた廊下へでる。正直半泣きだっ。

 なんてタイミングが悪いんだろう。

「あ、恵ちゃん? いやーん。会社での恵ちゃんの声ってりりしい〜。でね、恵ちゃんからの電話とりそこねちゃって

ね、急用かと思って直接会社にお電話しちゃったの。そしたらさっきの人に『お姉さま、お体の具合は如何ですか』

って聞かれちゃった〜」

「うそでしょう……。で、なんて答えたの」

「うふ。とっさの判断で『朝から気分がすぐれなくて』って言っておいた」

 さすが想像力は伊達じゃないな。よかった。お姉ちゃん上出来〜。

「でもね、合コンは行ったほうがいいと思うの」

「は?」

「恵ちゃん、男でできた心の傷は男でしか癒せないのよ」

 はあああ? お、お姉さま、今はそんな教訓たれている場合ではありません。

「だからね、あたしは平気だから妹を連れてってやってね、って言っといたの」

誰か! マサカリもってこいー!

「お姉ちゃん、勝手になんてこというのよ」

 というか、なんであの脅威の短時間に二人でそんな会話してるのよ。

「うふん、私を勝手に病気にしておいて何いってんの。楽しんできてね。じゃね。」


ぷちっ。ツーツーツー


きられた携帯電話を持ったまましばらくその場から動けなかった。

 

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2005/4/28 update

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