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駅までのつもりがタクシーのおじさんの好意に甘えてマンション前まで送ってもらってしまった。
おそるおそるドアを開け、家のに入るといつもは夜中に帰っても「おかえりんりん♪」とかいいつつ飛びついてくる
姉の気配がない。
「よかった」
今姉にタキシード姿を見つかったら最後、大撮影大会が始まるに違いない。疲れていたし夜中だしそれはカンベン
してほしかった。
「あれ」 よく見ると姉の部屋の前に田村さんが毛布に包まって座っている。
「あ、恵さん? どうしたんですかその格好」
「しーーーーーっ! 静かにして、お姉ちゃんまだこもってるの」
「締め切りすぎて、明日の朝までに原稿を印刷業社に持っていかないと間に合わないんです。今晩は逃がしません」
そっか。いつも締め切り間際は担当さんは泊り込み。うわー、よかった。だからお姉ちゃんでてこなかったんだ。
「すぐ着替えるからそのまま見張ってて」
部屋に戻ってあわてて着替えた後は田村さんに
「お姉ちゃんにタキシードのことはだまってて。私からちゃんと話すから。じゃ、私もう寝るからお姉ちゃんのことよろしく〜」
疲れすぎてお風呂に入る気もしない。顔だけ洗ってこのまま寝ちゃおう。
ベッドにもぐりこむと、また真吾さんの顔を思い出した。
「やっぱり驚いてたな。あの手紙、ちゃんと真吾さんに届くかな」
私は考えた挙句『保険』として持っていった手紙を部屋のテーブルの上においてきたのだ。
『男装』した理由を知ってほしかったし、謝りたかったし、何より私は『実は女性が好き』なんてややこしいこと思わ
れたくなかったから。
翌朝、目が覚めて時計を見るともう11時を過ぎていた。
「うわー、もうお昼だ。すごーく寝ちゃったってかんじ」
田村さんがまだいるかもしれないからあんまり変な格好できないな、そう思ってシャツとジーンズに着替えてリビング
へ行くと、田村さんは印刷業社に直行したのかすでにいなかった。
代わりに床にお姉ちゃんがへばりついていた。
「お姉ちゃん、なにやってるの」
びっくりして聞くと、
「めぐたーん、お腹すいちゃった……」
うーん。なんか急に日常に戻った気がする。
「パンがいい、それともご飯がいい? どっち」
「クロワッサンがいい」
ないってば。「パンで我慢してね」
食事が済むと元気を取り戻したお姉ちゃんは、
「恵ちゃーん、昨日は遅かったのよね、どうだった、どうだった、きゃー、どうだったのよう」
そういって私の周りをぶんぶん飛び回る。本当に24歳かこれで。
「真吾さんには女だってちゃんと話した。もう少ししたら全部話すから今は何も聞かないでくれる」
ちょっとマジ顔で牽制しておく。
「えー、つめたーい、恵ちゃん。でも。……やっぱり『強気攻め真吾』は恵ちゃんでもダメだったの」
だからその形容詞はやめなさいって。
「やっぱり男しかだめってひといるのよね。普通男が女にしか反応しないように男しかダメって奴が」
なんかお姉ちゃんが言うとリアルだなあ。
「恵ちゃん、今更だけど私もちょっと調べたの。見てみる」
姉から渡されたのは一体どうやって調べたのか真吾さんの情報だった。
「こんなのいつ調べたの」
「そりゃー、恵ちゃんのためだもん、締め切り無視して調べちゃった」
そんなことやってるから、そのしわ寄せは田村さんに行くんじゃない。かわいそうなことをして〜。
「沼田商事勤務・長男・沼田真吾 27歳 現在取締役だが次期社長として……」
そこまで読んで添付されている沼田商事の会社概要をみて驚いた。規模はかなり大きいのに上場していない。
でも、その系列の多さから上場会社に引けをとらない大会社というのが分かる。
「あのホテル、やっぱり系列なんだ。すごいなあ、思ったとおり御曹司だったんだ」
「え?恵ちゃんホテルなんかいっちゃったのお」
「食事しただけだってば。まだ聞かないでっていってるでしょ」
ぱらぱら資料をめくりながら、ああ、真吾さんは別世界の人だな、なんて改めて思ってまたまぶたが熱くなった。
「お姉ちゃん、私お風呂入ってくる。後片付けよろしくね」
そういってあわててお風呂場へ駆け込んだのだった。
2005/4/17 update