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 3日後、結局私は姉の選んだスーツ一式に身を包んでいた。

 1年かけてやっとセミロングにまで伸ばした髪も短くしてしまった。

「髪の毛のおかげで最近やっと女性らしくなったとおもったのに」

 そんな悲しみにくれる妹をうるうるした目でみつめ、「恵ちゃん、かっこいいっ」。とかいって姉はご機嫌だ。

 しかし、私自身男装するとなんとなく開放感があるのもたしか。

 歩いていると女性がこちらを見ていたり、振り返ったりするのを感じる。調子に乗ってつい微笑んでしまった

りして。

 すると姉は私に腕を絡ませて

「ほーら。やっぱり。皆恵ちゃんにみとれてるじゃない。かっこいいもん。お姉さまは道をふみはずしそう」

 うう、やっぱり鳥肌がたってきた。

 

 出版社の田村さんの運転で連れて行かれたのは銀座のはずれ。

 どうみても普通のマンションのような建物だけど、「だからこそ秘所」だったりするわけらしい。

「おねえちゃん、田村さん、絶対待っていてよ。なんかあったらすぐ電話するからちゃんと対応してよ。

それと9:30すぎてもなにも言ってこなかったらかならず覗きにきてよ」

 そう何度も念を押してから車をおりてマンションの7階へとむかう。

 

 指定された部屋へはいると中はちゃんとしたバーで、きれいなカウンターがあり、マスターが「いらっしゃませ」

と声をかけてくれた。

 出口に一番近いカウンター席に座ると、「ジンライムお願いします」あらかじめ決めたメニューをお願いし、さりげなく

店内をうかがう。

 店の奥にはすでに何人かお客がいるみたいだったけど、カウンターには誰もいなかった。

 室内は薄暗く、顔の表情が見えにくいのも助かる。

「お客様、こちらは初めてですね。失礼ですが、この店の趣旨をご存知ですか。」

 とても落ち着いた声でマスターが聞いてきた。

「はい。あの……実は自分にそういう嗜好があるのに気づいたのは最近なんです。だから、こういうところは初めてで」

 これも、あらかじめ考えておいたセリフだ。

 するとマスターは私の顔をじっと見つめて、

「あなたならたくさんのお声がかかりますよ。いやだったらね、『待ち合わせしていますから』って言うんですよ」

 そう教えてくれた。

 なるほど。そうなのか。

 少したつとなるほどお声がかかる、かかる。まず大体「お一人ですか」とか「君はひとりかい」とか皆同じ。

「人を待っていますから」と断りながら悲しくなった。

 だって『かっこいい人』ばっかりなのだ。何故だ。こんなに素敵な人たちならなにも「男」に走らんでも。

 しかしまあ、しっかりこういう店をチョイスしてくる姉はさすがだ。

 それにしても私にしたって『女』の時には合コンに参加したってこんなに話しかけられたことはない。

 どういうことよ……なんて考えていたら、

「待っている人がくるまで一緒にいてもいいかな」

 と、いままでとは違う一言に思わず顔をあげた。

 これがまた強烈ないい男だった。

 ことわる理由を封じられてしまった私が絶句していると彼は私の席の隣にさっさと座り込み、「私にもジンライムを」

と注文している。

「約束している人が来るのは何時」

 そう聞かれても、このパターンを考えてなかったのであせってしまう。

すると「たしか9時っていっていたよね」と、マスターが助け舟をだしてくれた。

「え、ええ、そう」ほっとしてさりげなく時計をチェックするとあと20分くらいだ。

 時間になったら席をはずして電話しよう。迎えに来てもらって抜け出せばいい。

 隣の彼からの話しかけを適当にながしながら、そう思った。


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2004/11/20 update

2005/10/29 若干修正

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