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『逃げ上手なシンデレラ』

立花 薫

「ねぇ、恵ちゃん、お願い」

「だめ、それだけは絶対いや」

 いままでだっていろいろお願いされてきたけれど今回のは絶対無理。

 

 姉の亜紀(あき)は私より2歳年上24歳。年よりもかなり若く見えてまだ学生でいける。

 それというのも身長155cm、スリムなのに胸があり、顔はぱっちりの二重まぶたに、長いまつげ、

ちょっと目と目の間があってひらめ顔なのがいいのか男どもにもてまくっている。

 

 反して私、恵(めぐみ)は身長173cm。肩幅がっちり、胸は小さく、顔もあっさり顔のためか男顔っぽい。

足のサイズなんか25.5cmもある。

 当然普通の女の子が着る洋服なんてにあわない。着たくてもにあわない。

 中学に入ってすぐ先生から宝塚受験をすすめられるし、高校では無理やり入部させられた演劇部で

男の役ばかりさせられたせいかバレンタインデーにチョコ50個以上もらってしまったというイタイ過去まで

ある。

 

 こんな正反対の私たちだけど、結構姉妹仲はいいほうだと思う。と、いうかケンカをしても姉の「お願い」

に私が応ずるかたちで終わるのがほとんどだったけど。

 

 では、今回何をもめているかというと。それは姉からのとんでもない『お願い』のせい。

 実は私の姉の職業、ボーイズラブ専門の小説家なのだ。

 何度か姉の本を読んだけど『ハーレクインロマンス』まっ青の甘い恋愛物語をわざわざ男同士

でやらせている。なんでも姉の言い分によるとボーイズラブはすべての障害がなくなった現在の恋愛に

おける最後の『砦』なのだそうだ。

 で、問題の「お願い」とは、次回作のネタ捻出のため、この私に男装してゲイバーへ潜入して調査

してほしいなんて無茶苦茶なものなのだ。

 

 いくら私が男に間違えられるからって、そりゃあんまりよ。

 だいたい本当に襲われちゃったらどうするの。

「ね、お願い、出版社の田村君にお願いして、本気で相手を探しますって専門の安全な出会いができる

ゲイバー探してもらうから。ね、ね、それに恵ちゃん、合気道すごいじゃない。いざとなったらばったばった

とやっちゃって」

「安全なって、あのねぇ、それは中学のころの話。途中でばれたらどうするの。いくら私だって怖い。

それに紹介してくれるくらいなら潜入してくれる男性だってお願いできるんじゃないの」

 すると姉は必殺技をくりだした。お目目ウルウル攻撃。

「恵ちゃん、こんなに頼んでもだめ。あたしお店のそばでまってるようにするし、ありとあらゆる方法で

恵ちゃんを守ること約束する。本音を言うわ。もう一度でいいの。高校のときみたいに男装した恵ちゃんが

みたい。それにさ、男装した恵ちゃんほど美しい男が他にいるっていうの」

 そしてついにその攻撃は「涙ぽろぽろ技」を駆使するにいたっている。

 その顔を見ると、おもわず『うん』といいそうになる。

 おっと、だめだめ。事は重大なんだから。そう決めてだまっていると。

「もう、いいの。わかった」姉が観念したかのようにつぶやいた。

「わかってくれた?」ほっとしていると、姉は急に携帯電話を取り出し、電話をはじめた。

「あ、もしもし、編集長。あたし、もう書けません。ネタがつきました。もう、もうだめなんですぅ」

と大泣きを始めた。

「ちょ、ちょっとおねえちゃん」

止めるのもきかず、姉は電話をぶったぎって部屋に閉じこもってしまった。

 なんせ姉はこう見えても超のつく売れっ子である。電話をして30分後には出版社の担当者がまっさおな顔

をして駆けつけてきた。

「なにがあったんですかっ」

 彼は田村さんといって姉が本を出している出版社の社員で、姉担当。

 彼が着いたのを知ると部屋にこもっていたはずの姉はいつの間にやら顔をだし、泣きながら、冷たい妹

の対応を嘆いている。

 でも、普通そんなこと妹におねがいするなんてそっちのほうが絶対にばかげているはず。

 姉にはあまい(世界中の男が姉に甘いと思うけど)田村さんも今度ばかりは姉をなだめてくれるだろうと思

っていたのに。

「恵さん、経費は全部こちらでもちますし、できうる限りのことはいたします。どうか亜紀さんの願いをかなえて

あげてください」

 なんですって。

 姉も変だけど、みんな変よ。

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2004/11/15 update

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