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「真吾さん、笑いすぎです」
いつまでもくすくすと笑う真吾さんにいうと、
「いや、すまない」
と、いいつつ、いまだに肩をふるわせている。
「あ、あのですねっ、おなかが鳴るのは計算でできませんから、その」
「会場で食事をすませたんだとばかり思っていたからね」
そういえば食べそこねただけじゃなくて逃げ損ねたんでした。
「この時間ならまだルームサービスでなんか作ってもらえるだろう。啓、何がいい？」
部屋にあるルームサービスのメニューを渡されて開いてみると普通のビジネスホテルなんかじゃ比べ物にならな
い程の種類の料理がならんでいる。
うわっ、おいしそう。
えーっと、と、と、とっ、とーーーーっ！
選んでる場合じゃない。そんなことしてたらまた言えなくなっちゃう。
そう思ってあわててメニューをとじてなんと断ろうか考え込んでいると、
「何か作ろうか」
は？
……
「作るって、どこでですか」
「そこだ」
真吾さんの指がさしたほうをみるとホテルの一室なのにキッチンとカウンターがみえる。
うっそ〜。ホテルの一室のはずなのに一体いくつ部屋があるのよ。
「すごい。キッチンがあるホテルの部屋なんてあるんですね」
部屋の雰囲気に合わせてあるのか戸棚などはアンティーク風の重厚なつくりになっている。
思わずそのキッチンへ移動してのぞいてみるとお鍋やフライパン、ナイフ等の他にカウンター横の戸棚には
シェイカーから始まってカクテルグラスまでひととおり揃っていた。
それにしても芸術的なまでのコンパクトな収納。メモしてかえりたいくらい。
「うわー。メジャーカップどころかアイスクラッシュまでおいてある。グラスも４種類かあ」
「ほお、くわしいな。啓はカクテルが作れるのか？」
「ええ、ジンベースの簡単なものなら」そういいながらシェイカーを手にとる。
こんな小さな戸棚の中に、大きさの違うシェイカーが３種類おいてあった。
更にその奥のガラスケースには小びんながらジン、リキュール、ブランデーなども揃っていて贅沢きわまりない
リカーコレクション。
「これだけ種類があればシェイカーを使わなくてもステアだけでいろいろなカクテルができるなぁ」
思わずつぶやくと、
「そうか？ 必要ならフロントに言って氷とフルーツを持ってこさせよう」
「それはすごい！ 完璧」
ついうれしくなってみあげると、真吾さんもうれしそうな顔をして私をみている。
！！！
あっちゃー。やばい、また一瞬自分の立場わすれてた。
どうして食べ物とかお酒に弱いかな、私は。
「あ、でも、道具も冷やしてないし。ほら、その、カクテルは準備に時間がかかるから。それにまず、着替えない
と……」
ルームサービスとるにしたって２人してタキシードじゃ、ホテルの人がびびるんじゃないでしょうか。
「まだ着替えなくていい」
「え？」
「啓は着替えたらすぐ帰ろうとするからな」
そういって私をじっとみつめている。
ちゃんと言おう。そ、そうだ。保険！ 手紙はどうしたっけ？
手荷物の中にいれたんだった。
「真吾さん、まず渡したいものがあるんです。あの、私の服と、荷物はどこでしょう」
すると彼はため息をついて、
「……その前に食事だ。啓」
ひぇー。洋服と荷物が〜。これじゃ人質（ひとじち）ならぬ物質（ものじち）だ。
仕方ない。
いざとなったら服と荷物はあきらめることにして、とりあえず先に話してしまおう。
そう決心して顔を上げる。
さっきのうれしそうな顔からすこし悲しそうな顔になっているのが切なかった。
私がこれから話すことでその表情に驚きと怒りが加わるだろう。そう考えただけで心臓まで凍りそうな気がする。
「……」
「啓。どうした？」
顔を見つめたままだまっている私に真吾さんが問いかける。
そう、私はまだ話せないのだ。
たったひとこと「女なんです」と言うだけなのに。
しかーし。いつまでも「少女マンガ」の世界に浸っているわけにはいかない。
ここはきっちり私らしく、私らしく……私らしく。
「真吾さん」
「ん？」
「どうしても、どうしても言葉では……どうしてもいえないので」
そういって真吾さんの手をつかんで自分の胸に押し当てる。即物的だけど、これでどーーだっ！
恐ろしく長い時間が流れた気がする。
「啓……君は……」
彼のつぶやく声がかすれている。真吾さんにもやっと分かったにちがいない。
これで、これでよかったんだ。下を向いて目をつぶる。
「こういうお誘いなら大歓迎だ」
へ？
次の瞬間世界が反転した！ と思ったら真吾さんに抱きかかえられていた。
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2005/3/26 update
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