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「啓、何を考えてる」

「え」

 気がつくともうすぐホテル、というところまで来ていた。

「あ、もうすぐ着きますね」

「あと五分くらいかな」 そういって私の顔を覗き込む。

「疲れたか?」

 そういう優しい目されると困る。だからあわてて顔をそらす。

「いえ、あの、真吾さん、今度こそ話を聞いてもらいますから」

「わかっている」 

 真吾さんはもう一度私の手をにぎりしめた。

 うーっ!今度こそ、今度こそっ。あ、そうだ、着いたらすぐ『保険』のお手紙を渡しておかなくちゃ。

 ここで真吾さんの手があったかーい、とか思ってひるんじゃいけないんだ。

 ああっ、それにしても演劇部にいたときよりも、就職活動のときの面接よりも緊張してる気がする。

 

 ホテルに着くとすぐ荷物のある一階のフィッティングルームへ向かう。

 さっさと着替えて、ダッシュ爆走の体制をととのえなくては。

「あ、啓、こっちだ。あの部屋は今日の結婚式の予約で使っているから荷物は別のところへ移してもらった」

「あ、はい」

 あれ?他にもフィッティングルームってあるのかな。まあ上の階にもたくさん宴会場とかあるし。

そう思って真吾さんについて上の階へいくと、

「ここだ」

「……」

 

 えーーっと。どう見ても部屋にしか見えないんですけど。

 さすがにこりゃまずいでしょう。どうしよう。

 あ、でも言えばいいのか。言えば。フロアーの端っこの部屋ってことは窓が側面にもあるってことだし、非常

出口も階段も近いし。ああ、またこんなこと考える私。

 

ようし。 

『そっち』の覚悟を決めて部屋に入った瞬間、驚きのあまり叫んでしまった。

 

「うわあ。すごい、ここは何階でしたっけ」

 広々とした部屋の窓から見える夜景。夕方の雨はやんでおり、まるで宝石をちりばめたような美しさだった。

「39階だ。40階はラウンジになっているからここが最上階の部屋になる」

「きれい……」

 思わず窓に顔を寄せて外を見る。

「あれ?」

「どうした」

 私の声に答えるように真吾さんがそばに来る。

「夜景見るのは本当に久しぶりでなんです。いつの間にか東京タワーが小さく見えるようになったなと思って」

「周りに高層ビルが増えたからな」

 そんな話をして気を抜いていたせいか、真吾さんが予想以上に接近していたのに気づくのが遅れた。

 

「啓」

ガラス窓に触れている私の手の上に真吾さんの手が重なる。

うぉっと。こ、これは。ひじょーにヤバイ。

いい……いや、いや、まずい雰囲気。 ふ、振り返れない。

「啓……」 真吾さんの顔が近づいてくる。

えーっと、えーっと、着替えてから話がしたかったけど仕方ない。話さなきゃ。

 

その時。

 

ぐ〜〜〜っ

 

 わ〜っ、お腹が、お腹が鳴っちゃったっ。そういえば私、緊張して何も食べてなかったから。

 でもこれにめげるな、

「真吾さん、私はお……!」

 

きゅる、きゅる、きゅる

 

 次の瞬間、真吾さんの大笑いする声が聞こえた。

 

きゃーっ、きゃーっ、今手元にスコップがあったなら床を掘ってもぐりたいっ。

 

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2005/3/21 update

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