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彼女を医務室に連れて行った後は係りの男性におまかせして足早に出口に向かう。心細そうにしているあの
娘(こ)には悪かったけど仕方がない……かな。ごめんね。
でも出口に行くにはまた人ごみでにぎわうパーティ会場を突っ切らないといけない。
「もう何も起こりませんように」
そう祈りながら会場に戻り歩き出す。するとすぐに
「あら、先ほどのお嬢さんは大丈夫だったのかしら。 あなたにお怪我はなかったの?」
なんて話しかけられまくって困ってしまった。
「ええ、大丈夫です。ありがとう」
かわしながら足早に歩く。
もうすぐ出口、もうすぐ、もうすぐ……というところまで来たとき、
「君、ちょっとまって」 また呼び止められた。
ああっ、今度は何っ!
いらいらしながら振り返ると、「あれ、あなたは」
さっき真吾さんに話しかけてきた青年だった。
「ちょっと話があるんだけどいいかな」
にこやかに笑っているけど断らせないぞ、という気迫にみちている。ふえーん。また逃げ損ねた。
私ってばタイトルとちがって逃げるのがめちゃくちゃへた。
結局、その青年に促されて人気のないバルコニーへ移動する。
さっきはちらっと見ただけだったから何も感じなかったけど、カッコイイ、というよりは繊細な感じのする
綺麗な青年。 姉が会ったりしたら間違いなく彼女の妄想の餌食になるタイプだ。
「なんの御用でしょう。私いそいで帰らないといけないので。もう時間がないんです」
帰してくれるなんて無理だろうな、とは思いつつ言ってみる。
「帰る? どうして。まだ真吾さんがいるでしょう」
うっ。そりゃそうですけど。なんなのこの青年は。
「君さ、真吾さんの何なの。 恋人のつもり」
はあ? いきなりの質問に驚いて何もいえなくなっていると、彼はその沈黙をイエスととったようで
「ね、聞かせてよ」 そういって詰め寄ってくる。
「な、何をでしょう」 なんだかさっぱり先が見えない。
「どんな手を使ったの」
へ?
「どんな手、というと」
「どうやって真吾さんの気を引いたの。教えてよ」
ここまで聞いて彼が真吾さんと付き合っていたのだ、と気がついた。そっか。そうだよね。この青年、
女性よりも綺麗でも、かわいくっても男性だからちゃんと真吾さんと恋愛できるんだなあ。
あの真吾さんに恋人がいないわけがない。分かっていたはずなのに。
男だったら私にもチャンスあったかなぁ。
「誤解されているようですが」
彼の目を見てしっかり話す。
「私は真吾さんの友人、というかまだ知り合いの域をでません」そういうと彼は信じられない、という表情をして
私を見た。
「うそ」
「うそじゃありませんよ」 相手をおちつかせるようににっこり微笑む。
彼は頭をふってうなだれた。
「じゃあ、じゃあ、どうしてあんなこと……」
「あんなこと?」
「そりゃあ、僕だって分かってるよ。真吾さんは素敵だし、恋人になりたがっている人はたくさんいるって。
でも誰のものにもならないから僕、僕必死で我慢してたのに……」
と、いうことは一人や二人じゃないってことか。はあ。私もその一人に入れてもらえていたのかな。
「あのー」話しかけてぎょっとする。
なんとその青年は目から滝のような涙をながしていた。そして私の顔を見つめて、
「どう見たって僕のほうが綺麗じゃないか」
なんだそりゃ。すごい自信だ。
「なのに……つっ……」
そういってまたぼろぼろと涙をこぼす。
とほほ。何が悲しくて男の子に泣かれているのかな私は。正直、私も泣きたいんですけど。
仕方ないので胸のハンカチをとって彼に渡し、落ち着くまで待つことにした。
「落ち着いた? なんか飲む。今飲み物もらってくるから」
そういって彼を待たせて飲み物をもらいにいく。 うーん。ひょっとしたら飲み物ぶっかけられたりして。
そんな風に思って、ついつい赤ワインをやめて無色透明のシャンパンを選ぶ。
「はい」
彼にもらってきたシャンパンを渡すと、
「な、何だ、本当にもどってきたんだ」そういって、まだべそをかいている。
「ねえ、僕のこと怒らないの」
「いや、全然そんな気ないよ」 あの程度の嫌味で怒っていたら会社で伊藤さんと仕事はできない。だてに鍛えられ
てないのよ。
「……真吾さんに、本命ができたって、言われちゃったんだ」
「え?」
「てっきり君のことかと思ったんだけど」
そういって目を潤ませたまま彼は私の顔を覗き込む。こういう目には弱いんだな、私は。
「ねえ、教えてよ。君じゃないの」
そういってうつむくとまた泣き出してしまった。
そんなのわからないよ。
それに、それにっ。 どんなにけなされても怒らない自信があったけど、これは違うんじゃないの?
だって、だってあなたは『男』じゃないか。女の私が言うのも変だけどちゃんと真吾さんの恋人になれるんじゃ
ないか。くーっ。男性である限り、リベンジのチャンスはいくらでもある。
私が変わってあげたいくらいなのに何だこのメソメソぶりは!
「ちょっと」
おもわず彼の胸ぐらを掴む。
「な、なんだよお」
「めそめそするな。諦めがつくまで真吾さんにアタックしろ。いざとなったらお前から押し倒せ」
低い声でそういうと驚きで目を見開いた彼はやっと泣き止んだ。
「男だろ。あんまり泣くな」
胸ぐらから手を離して彼の肩に手をのせる。本当に本当に泣きたいのは私のほうだっ。
「君はやさしいんだね」
は?
「僕のことなぐさめてくれるんだ……」
あの、あのちょっと!
なんと今度は私に抱きついて大泣きを始めてしまった。きゃーっ、きゃーっ、22年間生きてきて初めて
男性から抱きつかれたシチュエーションがこれだなんてあんまりじゃなかろうか。
その時後ろのほうで人の気配がしたかと思うと
「一体何をしてるんだ」
真吾さんの声が響いた。
2005/3/8 update