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 とうとう土曜日になった。 時計の針が5時をさしている。


 もうすぐ真吾さんとの待ち合わせの時間だ。

 なんだかなー。 ここのところいろいろ考えることが多くてなんか疲れちゃった。

「やっぱりこのまま行くのやめようかな」 何度も思ったことをまたぐずぐずと思う。

 ただひとつ幸いなのは姉が締め切り間近の小説を抱えていて部屋に閉じこもっていてくれている事。


 だらだら悩んでいたら、5時半になった。


 とりあえず姉が借りてきた服をきて、外に出る。男装はメイクしないでいいから楽だわ。

 ぼーっとしたまま歩いたら駅とは反対側の公園にきてしまった。

 そばにあったベンチにこしかけてそのままぼーーーーーーっとする。


 6時。約束の時間だ。

 あーもーこれでいい。やっぱりこれでいいんだ。手紙だって渡す必要はない。

 しばらくあの駅を使うのもやめよう。1ヶ月もすれば真吾さんだって諦めるだろう。

 時計だって落し物として届けちゃうもんね。おねえちゃんの言うとおりなら製造番号で住所わかるんだし。

 なんか私って……『乙女の純情、王道行く』って感じだなあ。


 ぼーっとしたまま1時間が経った。


  もう7時。

 家をでたときは夕焼け雲が見えていたけど気が付くと辺りは真っ暗になっていた。

「さすがに帰ったよね。でも駅に行くのはやめよう。もしまだ待っててくれたらまた会っちゃうだろうし」

 帰ろうとした、その時。

 

 ぽつん、と雨が降ってきた。

「あれ? 今日天気予報で雨降るって言ってたかな……」



「真吾さん、帰ったよね。まさか雨の中、立ってないよね。うーっ、あの人のことだから分からないな」

  そう思った瞬間、駅に向って走り出していた。

  息を切らして駅の側まで来ると近くの電話ボックスに身体を隠しながら改札南口を覗く。

「よかった。誰もいない。」

 そういいながら、全身の力が抜けていく気がした。



「やあ、待ち合わせ時間を一時間間違えたのかな」
 
 その声におどろいて、というかあんまりにもビックリして道路に心臓を落としそうになった。
 
 恐る恐る自分の真横に止まった車を覗く。

 すると真吾さんが黒いベンツの後部座席からこちらを見ていた。

 すごい。運転手さんもいるし。


「ど、ど、どっ」 どうしてまだいるんですか。

  そう聞こうとしたけど驚きすぎて言葉にならない。

「私は多少の遅刻とうっかりミスには寛大なほうだ。さあ、乗って。さすがにこれ以上時間はないからな。」

  じ、時間がないって。ちょっと。きゃあああ。

 手をつかまれて無理やり車に引っ張りこまれる。こ、これって『誘拐』とゆーのでは?

 いや、約束してたんだから違うか。きゃー。おねーちゃーーーーん。


  横に座る真吾さんをみると、なんとタキシードを着て正装している。


  タキシード?

  うっ、かっ、カッコイイ。ちがーう。そんなこと考えてる場合じゃないって。

「し、真吾さん。あの」

「今日は一緒にパーティに出席してもらう。」 真吾さんは私の手を離さない。

「パ、パーティ……ですか。でも私はこんな格好だし」

「大丈夫だ。用意してある。これからホテルで着替えて、急げば8時には会場に着くだろう」

 そう言って私の手を両手で包むようにして握り直す。

「ずいぶん手が冷えてるな。ずっと外にいたのか」

 そういわれて思わず顔が赤くなったのが自分でもわかる。目が合うと今度は私の髪に触れてきた。

「雨も降ってきたのに。馬鹿だな」

 うう。外にいたのばればれ。 恥ずかしさのあまり真吾さんを直視できない。

そのまま顔をそむけて外を見ているうちに、車はどんどんスピードをあげて、あっという間にホテルに到着した。



「さあ、急いで」

 真吾さんに引っ張られてホテル来客専用のフィッティングルームに連れて行かれる。

「服はあそこに用意してある。早く着替えて。終わるまで私はここで待っている」

ほ?

「こ、ここで待ってるって……」

「そうだ」

 うーん。さすがに着替えを見られるとなるとばれちゃうな。ってばれなきゃそれはそれでかなり傷つくけど。 

 さすがにそりゃないよね。 あきらめて溜息をつく。

「啓」

「は、はい」おわ。名前を呼ばれるのは初めてかも?

「急ぐんだ。このドアの向こうで待ってる」

 えっ? ええっ。行っちゃうの。思っていることが分かったみたいだ。真吾さんって実は千里眼だったりして。

 あ、だったら私のことも全部見抜け〜、ってか。

 まあ、良かったんだか、悪かったんだか。そう思いながらとりあえず言われた通りに着替え始めた。



 なつかしいなぁ。タキシード。

 高校の演劇部卒業公演で何度も着たっけなあ。 やや大きめのタキシードだったけどベルトで調整して

なんとか着替えを済ませる。


「真吾さん。あの。お待たせしました」

 ドアを開けてでると真吾さんは私を見てうれしそうに微笑んだ。

「すこし大きいかな。でもよく似合っている。美青年というよりは男装の麗人のようだな」

  はははは……。『麗人』はともかくビミョ〜に正解。


 そんなことを思っているうちに彼に手を引かれてまた車に乗り込み、今度こそパーティ会場へと向かった。


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2005/2/23 update

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