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 真夜中、便箋を前にして考える。

 こんど真吾さんに会った時、また言えなくなっちゃうかも知れない。その時は絶対手紙を渡すんだ。

「はぁ。なんて書こうかなぁ。」 うーん。これだけを考えて既に一時間が経過。


『ごめんなさい。実は私は女です!』


 これだけじゃ意味分からないかも。きちっと『なぜそんなことをした』かを説明しなくちゃ、 だよね。


『取材の為、女性ですが男性の格好をしてあのバーに行きました。その結果あなたを騙すことになり申し訳

ありません。』

 うーん、ビジネスライクかなあ。

 でも。ぱっとみてこれだっ、ってわからないとまた誤解されるといけないし。そう考えるとこれでもいいか。


……この文章にちょっと足そうかな。

『素敵なかたを前にとても残念です。短かったですが、楽しい時間を有難うございました。』

 きゃー。ちょとくすぐったいけどこれがぎりぎりかなぁ。あんまりずらずら書いてもうそ臭くなるし。うん。

  最後に 日付と「寺崎啓」という名前を書き添え、パステルグリーンの封筒にいれる。 

 念のため書き間違えた便箋はちゃんと手動裁断機でこまかーく裁断してから捨てようっと。

  丸めた程度じゃゴミ箱からひろって姉が読むかもしれない。

一人で盛り上がっている姉に妨害工作でもされたら めんどくさい。何かすっかり疑心暗鬼になってしまった。


 はぁ。土曜日が来るのが待ち遠しいような怖いような。

 そう思いながら、手首の時計をなでてみる。

「土曜日には返しちゃうんだよね、この時計。」

 その晩は腕時計をしたまま布団に入った。

 

 

「寺崎さん、寺崎さんってば、聞こえてないんですかあ。」

 やっと自分が声を掛けられたと気付いて振り返ると、同じ秘書課の伊藤さんがこちらへやってきた。

「もー。何度も呼んだのにい。」

 そう言って口をとがらせるしぐさはとても愛らしく、事実男性にウケがいい。そんな彼女には今着ているピンク

のスーツも似合っている。

「ごめんね、夕べあまり眠れなかったからぼーっとしてて」

 そう、あれから布団にははいったものの、いろいろ考えてしまってほとんど眠れなかったのだ。

「えー眠れなかったの。めずらしいわ。まさか彼氏でもできたたのかしら」

 なんでそっちの発想に行くかな。に、してもまさか、とは何よ。まさかとは。



 この手のタイプの女性が私に下す評価は真っ二つに分かれることが多い。

 一つはおねえちゃんと同じく、やたらと慕ってなついてくる場合。

 もう一つはやたらと毛嫌いする場合。

 不思議なことに中間はとてもすくない。

  彼女はまず間違いなく二つめのほう。



 一緒に飲みに行くとことごとく私を引き合いに出して自分がいかに可愛らしいかを他の男性社員にアピール

するのである。

 先日は私の手と自分の手の大きさを比べて「いやーん。おっきい手!」とかみんなの前でやられてしまった。

 これにはさすがにムカついて頭の中で出刃包丁を研いだ。


 そりゃあ、男っぽいわよ。 私自身なぜ女性の花園「秘書課」に配属されたのか不思議なんだから。

 だけど『役員のボディガード代わりかも』これを本人を前にして言うかな、普通。

 他にも「寺崎さん結婚できるわよ。だって和○アキコだって2回も結婚したんだから」 

 ううっ。結構くる。

 

『素敵な男性』を見つけるため会社に勤めた、と公言してはばからない彼女は何を言っても許される美貌と

ずる賢さがある。それならもっといい会社に入ればいいじゃない、というのは絶対に言ってはならない。

   姉同様、この手のタイプには絶対かなわないと分かっているので反抗しないよう決めている。

   何を言われても、何をされても適当にかわすのが一番。


 しかし仕事となると同じ課なわけで。 かわしようがないことも多い。


「コピー20部頼まれちゃったの。お手伝いしてもらっていい?」

 そういって指差されたほうをみると、一冊がわりと厚みのある資料がちょこんとコピー機の横に置いてあった。

「月曜日の役員会用資料じゃない。」

 驚いた。これは役員会の重要資料で私達の所属する秘書課から各担当役員に会議開催稼働日2日前には配

り終えていないといけないものだ。なぜそれが金曜日の夕方、まだここにあるのだろう。

「資料はまだか、とかどこからも問い合わせが来なかった?」 呆然としながら聞くと,

「そうなの。さっき部長に言われて驚いちゃったあ。おととい完成書類預かったの忘れちゃってたの。

だからお手伝いしてね。」

 呆れて物も言えなかったけど、下手をすると全部私の配慮不足とか言われかねないので慌ててコピーを始めた。



  結局、自分が担当していた『海外からの工場視察団受け入れ準備』の他にもどっさり仕事をすることになり、

家に帰る頃には疲れきっていた。


 明日は土曜日。私大丈夫かなぁ。


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2005/2/22 update

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