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『新説・シンデレラ』
(5)
「すごい……」
部屋のテーブルに並べられたたくさんのワイン。
恵があるワインを探している、ということを聞いた真吾王子はありとあらゆる種類のワインをテーブルにのるだけ
用意させたのでした。
うれしそうに目を輝かせている恵を見て、真吾王子いままでにない満足感に浸りました。
「これだけあれば探しているワインが見るかるだろう」
「ええ、ありがとう」そう言って恵はまず色の違う赤ワインとシャンパンを対象からはずすためテーブルの反対側に
わけるとワインのティスティングを始めたのです。
「うーん、これはちがうな、もっと甘いワインなんだけど。 あと、こっちは、と」
ティスティングしている恵を最初のうちは楽しげに眺めていた真吾王子でしたが彼女が平気な顔をしてぐいぐい
ワインを飲んでいるので心配になってきました。
「恵、大丈夫か」
「はい?」
「あまり飲みすぎると酔うぞ。一本のティスティングは少しだけにしてたくさんの種類を試すようにしないと……」
すると恵はまたまたすごくうれしそうにニコニコしているではありませんか。
「どうした」
「真吾さんは父様(とうさま)みたいだと思って」
「な……」
「誰かに心配してもらったのって父様が最後だったから」
父親といわれて『男性』としての自信がぐらついた真吾王子ですが、そういうことか、と気を取り直しました。
「父上と母上は?」
「母様(かあさま)は私が10歳のとき、父様は昨年亡くなりました」
恵は何かを思い出すかのように少し遠い目をして、
「母様が生きているとき毎年クリスマスに家族で飲んでいたワインがあるんです。私はまだ子供でしたけど、
ほんのちょっぴりだけ分けてもらって飲んだことがあって、そのワインはとても甘くて、とてもいい香りで……
それで……今でも忘れられない……」
そこまで言うとくるりと背中を向けて、
「さて、もうちょっとがんばるぞ〜」
わざと明るくつぶやいてまたティスティングを再開したのです。
「でも今さびしいかって言われるとそうじゃないんです」
真吾王子がだまってしまったのを気にしたのか恵は言葉をつづけました。
「父様は数年前に再婚して今の私には義母と義妹がいます。これがもう強烈で強烈で」
何を思い出したのか吹き出すようにわらいながら、
「義母は仕事をしているんですが男の人もかなわないくらいバリバリに仕事をしているし、義妹は好きなことにかける
情熱のすごさとありとあらゆることを表現する語彙の多さは目を見張るものがあります。毎日刺激的過ぎて寂しいな
んて思う暇もないんです」 そう一気に話しました。
それはどう刺激的なのかもっと具体的なことを真吾王子が聞こうとした、その時
「ああっ! これだ。これです。真吾さん。見つけました」
「どれ」
ワインボトルを手に取ると、それをじっくり見つめてから、
「ほう、わが国特産の貴腐(きふ)ワインだ。数年に一度しか良品が作れないからあまり出回っているものではないんだ」
「そうか。だから今まで見つからなかったんですね」
よほどうれしいのか真吾王子を見つめる恵の目がうるんでいます。
「……あの、お願いがあるんですが」
恵がおずおずと申し出てきました。
「なんだ」
「このワイン、いただいて帰ってもいいですか。」
「……」
何も言わない真吾王子をみて恵は自分がとんでもないお願いをしてしまったのではと心配になってしまいました。
「真吾さん、あのワイン代なら……」
恵がそこまでいうと、真吾王子が彼女の唇に指を当てて言葉をとめ、そのまましばらく恵をみつめました。
「駄目、だな」
ようやく真吾王子が答えると恵はあわてて、
「あの、いいんです。忘れてください、ごめんなさい。わがまま言って」 というと、
「ちがう。ワインはすきなだけくれてやる」
「え」
「『帰ってもいいですか』が駄目だと言ってるんだ」
そう言って恵の手をとると彼女を自分の胸に引き寄せました。
「参ったな。ほんの少し前に出会ったばかりなのに」
「真吾さん」
いきなり抱きしめられた恵は最初は驚いたものの気がつくと彼の胸に顔をうずめておりました。
「恵、12時だ……」
ギィーーーーンゴーーーーンーーーーーー
12時を告げる鐘の音が聞こえるとともに二人はしっかりと口付けを交わしていたのでした。
2005/5/5 update