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「じゃ、一杯飲んだら次に行こうか」

「すみません。お願いします」

 

 残しちゃもったいないと、先輩が頼んでくれた水割りを慌てて飲み干す。

「ぐっ」 あまり酒がつよくない僕は急に酔いが回ってクラッとしてしまった。 ううっ、やばい。次の店では気をつけないと。

 店を出ようとカウンターの前までくるとモドキ美人が、

「あら、正さんもう帰るの。今夜はあたしとぜんぜん話してないじゃない、もう」

 そう言って僕の事を恨めしげににらんだ。

 うわ、怖い。カウンターのモドキは先輩のことかなり気に入ってるんだな。

 バイバイ。とにかくこの店はパスだ。


 店を出て少し歩くと新橋というよりは銀座に近くなり、ちらほらと高級ブティックが見えてくる。しかし夜9時を過ぎた今

はどのショップもしまっていた。


「うーん、こんなところにも出会いの場があるのか」

 僕は道を覚えるべくキョロキョロしながら先輩について行った。

 

 しばらく歩くと、

「次はここね」

 そう言われて見上げると、どこにでも転がっていそうな普通のマンションの前にきていた。10階建くらいだろうか。

 エントランスに入るとそばの管理室には誰もおらず、『夕方5時以降は管理人不在です』とかかれたプレートがおか

れていた。

 普通だ。普通すぎる。まるで自分の住んでいるマンションじゃないかと思ったくらいだ。


「こんなところに店があるとは思わないだろ、行こう。7階だ」


 これまた普通のエレベーターに乗って7階で降りると、先輩はどんどん歩いて突き当たりのドアの前に立った。


「せ、先輩、本当にここなんですか」

「ま、入れよ」

 中に入ると、さっきの店同様、ちゃんとしたバーだった。

 どうもこういう性質の店というのは皆そうらしい。先輩がカウンターの中にいる男性に軽く頭を下げた。

 きっと彼がこの店のマスターだ。

 髪をオールバックにして優しそうな風貌はどことなく品があって、まるで一流ホテルのラウンジ専属バーテンダーとい

った感じがする。



「やあ、久しぶりだね。そちらの方は?」

 そう言って僕の方をみた。

「うん、彼はね、郁っていうんだ」先輩が答える。ふうん、どうやらこういう場所では具体的な紹介はしないらしい。

 するとマスターはすこし微笑んで、



「お客様、失礼ですが、こちらの店の趣旨をご存知ですか」



そう穏やかに聞いてきた。

「趣旨、 趣旨って」 まさかそんな直球の質問がくるとは思っていなかったので驚いた僕は言葉に詰まってしまった。

「ええ、っと。あの……」

 かあっと顔に熱を感じた。みっともない、きっと赤くなっているに違いない。そしてそれに反して頭の中は真っ白にな

ってしまった。


「マスター、いじめないでくれよ。彼はまだ『これから』なんだから」


 僕がもごもごしていると先輩がそう答えてくれた。後から考えるとスゴイ台詞だ。

 そのまま先輩にひっぱられて奥のテーブルにつくと、ようやく僕の思考が動き出した。



 照明は薄暗く、かといって見え難いほどじゃない。アンティークで統一された店内は低音でジャズが流れている。

マスターの趣味なのだろう。とても落ち着ける雰囲気だ。それに思ったよりもずっと広い。

 客は僕たちのほかにも何人かいたけれど皆高そうなスーツを着ていて、この店と同じく落ち着いた感じがする。

 僕がきょろきょろしながらそんなことを考えていると、



「よかったな。合格だ」 急に先輩がそんなことを言った。

「は?」

 

 意味が分からず僕がききかえすと先輩は鼻でふふんと笑った。

「あのマスター、厳しいんだよ。冷やかしできた程度の客とか、気に入らない客は入り口ですぐ追い返しちゃうから」

「ええ、あ、そ、そうなんですか」

 へえ。そうだったのか。

「つまり田村は大丈夫ってこと」

「えーっと、まあ、よかった」

 僕は何の考えもなしに笑って答えた。



「ここ、いいですね。ここなら周りも恐くないし、落ち着いた雰囲気で。紹介するには丁度いいお店だと思います」


 そう、むしろマスターに追い返されたほうが恵さんには良いと思う。そうなったら亜紀さんは文句いうだろうけど

一応希望に沿ったことにはなるんだし。


「そ、じゃ、ここで少しゆっくりしていくか」 そういって先輩はにっこり笑った。

 

「ああ、それから……」

「はい?」

「そんなにきょろきょろしてると『お相手』探していると思われちゃうから注意」


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2005/8/30 update

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