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 次の日、僕は退社時刻になるとすぐ会社をでた。亜紀さんのところに向かうためだ。

 昨日の夜遅く、やっと彼女と連絡がとれて恵さんの無事を確認できたおかげか僕の足取りは軽かった。



 会社から戻ってきていた恵さんはいつもとおりの笑顔で出迎えてくれたうえにお茶を入れてくれた。

 「ありがとうございます」

 僕はほっとしながらそれをいただく。

 でもなんとなく。恵さん、元気がないような……。



「ねー、もうすごいの、恵ちゃんのおかげで新刊1本分書き上げられそうな勢いだったの」

 恵さんとは対照的に亜紀さんはご機嫌MAXだった。

 夕べ眠らずにパソコンに向かっていたらしく眠たげに目をこすってはいたけれど。

 原稿が進んだようでよかった、よかった。

 ……ん、んんんん、 新刊1本。

「亜紀さん、確認ですが今書いているのは締め切り間近の次回作ですよね」

 亜紀さんが書かねばならいのは前回雑誌に掲載した作品の中篇にあたるもののはずだ。

 高校生が主人公の作品なので今回の『大人向けな出会い』がどこに使われるのか興味のあるところだ。

「やだーん、恵ちゃんが取材してくれた貴重な情報をあの連載向けにつかったらもったいないもーん」

「えっ」

 上目がちに『えへ』、とか言って笑っている亜紀さんを見てさすがの僕も青ざめた。

「何を書いているんですか」

「最初はね、連載の参考になればって思っていたの。でもせっかくの大人向け設定を学生モノに使うなんてもったいな

いと思わない。つかうならまるごと長編読みきりよ。 絶対」

「亜紀さん、そ、そりゃないですよ。書いてください、今すぐに。間に合わなくなりますよ」
 

 

 それからの僕はきまぐれな亜紀姫にふりまわされつつ、二週間近くにわたって地獄を見ることになった。

「プロットは完成しているんでしょう? せめてシノプシスだけでも。 原稿を原稿……」

 こうさわぐ僕を尻目に亜紀さんは、「んーちょっと調べものぉ」とか言って外出ばかりしてしまう。

 「調べ物なら僕にいってください、資料そろえますから、亜紀さん」

 そう言っても相手にされない。

 うおお、僕は頭をかきむしった。

 

 作家、といってもいろいろある。

 まずプロとアマの一番の差はその『自由度』にある。アマは好きなものを好きなように好きなだけ書ける。

 しかしプロはそうは行かない。いつまでに何枚、いや、もっと細かく何字、しかも挿絵にあわせた文字配分が

求められる。

 しかも書きたいものがかけるとは限らない。リーマンものが一つあたればそれに似たようなものを書かされたり

さわやかなものが書きたくても50ページの中にHシーンを3回入れろとか言われたり。

そんななか制約もなしにページ数だけですべてを書かせてもらえるのは『超』のつく売れっ子作家だけだ。

 亜紀さんはその数少ない作家の一人。BL界では亜紀さんだけ、といってもいいかもしれない。

 

「ああ、だからこそ担当者は責任重大なんだよ」

 

 こうして頭を抱える日々が続いたある日、携帯がなった。

「この曲、先輩だ」

 着メロで誰からかかってきたかすぐに分かる。

 僕は心なしかうきうきしながら着信ボタンをおした。

 

「あ、田村? 今日早く上がれるか」


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2006/8/25 update

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