Kaoru Tachibana (C) all rights reserved.  

このページで使用している素材の2次配布を禁じます。 内容の無許可転載は厳禁です。


「なにするんですかっ」

 先輩の横に転がされた僕はあわてて言った。

「アンパンマンが誰かを助けたとき、まずなんて言うか知ってる」

「はぁ?」 なんだ。何言ってるんだ。

 先輩は僕の顔をじっと見つめて言った。

「『僕をお食べ』って言うんだ」

「……??? 頭ちぎって渡してほしいってことですか」

僕が答えると、彼は大きくため息をついて床にこん、と頭を打ち付けた。

「そういう発言は萎えるね」

 萎えるって……。

 二人そろって床に寝っころがって、か、顔が近い……。先輩まつげ長いな、って何考えてんだ僕は。

「あ、ああ、そうか。先輩、お腹がすいているなら素直にそういえばいいじゃないですか 、もー。ほらほら立ちますよ」

つまらない考えを振り払って先輩を立たせ、そのままキッチンへと追いたてた。

「どっか痛いとこありますか」。騒いでいたわりには怪我してないみたいだったけど一応聞いてみた。

 顔を覗き込むと、彼は僕の顔を横目で見てまたため息をつく。

「ん、平気みたいだ。それより来るの早かったな」

 おおっ、それで思い出した。

「いけない、忘れてたっ、ちょっと失礼します」 

 僕は携帯をとりだして亜紀さんの番号をプッシュした。コールをしばらく鳴らしたけどやっぱり出ない。

「あー、やっぱ出ないよ、もう。自分勝手なんだから」

 いらいらして頭をかきむしる。

 すると後ろからその手首をつかまれた。

「お前ね、髪の毛をそういう扱いしてると減るよ」

「へ、髪の毛……」

 先輩は僕の手首をつかんだまま手を下ろさせた。そしてそのまま僕の髪をさわさわとなであげて何か考え込んで

いる。

「先輩?」

「男にしちゃ珍しいな、結構ネコっ毛でやわらかい。整髪料とかなんか使ってるか」

 げ、ちょっと気にしてたのに。

「たまに整えるのにムース使ったりとかはしますけど」

 なんでそんな話になるのか分からずに答えると、僕はそのまま洗面所に連れて行かれた。

「うげっ」

 洗面所備え付けの鏡には、またしても赤ペンキで「どアホ」と書かれている。一体何なんだよこれは。

 でもそれより驚いたのは所狭しと並ぶ恐るべき種類の整髪料。掃除のときは洗面所までたどり着けなかったから

気がつかなかったけど。

 先輩はその中から三つの容器をとりあげて

「これが髪の毛のコシを強くするシャンプーとリンス、これが洗った後つかうスプレー」。何てこと言いながら僕に渡した。

「はあ?」

 亜紀さんとはまた違うテンポの先輩との会話にいまいちついていけない。

「全部やるよ、それさ、サンプルなんだ。俺の会社の自社製品。使ってみて感想聞かせてよ」

 あれっ、先輩ホストじゃなかったのか。

「せ、先輩シャンプーの会社に勤めてるんですか」

「シャンプーって。まあ、似たようなもんか。知ってるだろ、化粧品のカラボウ」

 え、カラボウっていえば化粧品から健康食品まで扱う超大手じゃないか。

「俺はヘアケア部門の中でもカラーリング担当なの」

 そういいながらまた僕の髪をさわさわとさぐってくる。そしてまるで美容師がするように僕の両耳の後ろに手を当てて

頭皮を揉み解してくる。

「うわー、気持ちいい。そっか、だから先輩の髪の毛そんななんですね」

 僕は気持ちよくなってされるがままだ。

「そんなって、どういう髪だよ。ま、俺の部署のヤツ皆すごい髪の色してるぜ」

 なあんだ、そうか。

 

 僕はこのときすっかり忘れていた。まさか恵さんがあんなことになっているなんて……
 


 ←もどる つづき →
 


←コンテンツページへ

2006/1/6 update

 ←ご感想はこちらまで