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  コン、コン

「せーんせ、あ、け、て」

 職員室の窓の外から悪ガキ生徒の声がする。




「坂本、何度言ったら分かるんだ。職員室には入り口から入って来い」

 窓を開けてやると、坂本が長い足でひょいとまたいで入ってきた。

 学校が終わって自宅で着替えてきたのかもう私服だ。やれやれ1人で残っていろいろと片付けようと思ったのに。



 まったくもうこいつときたら中2のクセして身長がオレを越えているのが腹ただしい。最近のガキは発育がよろしす

ぎていけない。



「へへ、だってさあ、生徒ID携帯してないのに職員室の戸をくぐると入室記録がのこっちゃうでしょ」

「お前が窓から入ってくるたびに警備のロックを修正する先生の面倒は考えないわけだな」

「ちぇっ、いいじゃんか」

 




「ね、センセ、俺さっき見ちゃった」

「何を」

 坂本はオレに近寄ると右手をとった。

「センセが自分の右手に頬ずりしてニヤニヤしているとこ。だいたいさ、センセはどうしていつも右手にサポーター

してるわけ?」

「う、うるさいな、お前には関係ないだろう」

 

 そういいながら自分の顔がカッ、と熱くなった。

 ……こいつ、見ていたのか。




 卓が『次』に行ってしまってからもう10年以上経った。

 気が付くとボクは……オレは卓がなりたかったと言っていた教師への道を選んでいた。

 そしてその希望をかなえたオレは、縁あって今年から自分の通っていた中学校へ転任してきたのだ。




 右の手首には今だに卓のつけた赤い痕が残っている。

 この痕はオレにとって大切な心の支えだ。

 だから何かの拍子に消えてしまうのが恐くて、いつもサポーターをはめていた。




 オレは不満そうな表情を浮かべる坂本に言い返した。

「お前だって両方の手にはめてるだろう。同じことだ」

「俺はさあ、スポーツ小僧だもん。汗かいたときのタオル代わり」

「……ちゃんと毎日洗濯しろよ。ところで」


 勝手にオレの椅子の側に腰をおろしてくつろぐ坂本に言う。

「いつも、いつも何の用だ。ったく暇つぶしなら友達と遊ぶか、勉強しろ」

 そう、赴任以来こいつ何が気に入ったんだか毎日暇さえあれば職員室のオレのところに訪ねてきていた。



 すると坂本は目をすぅっと細めて、長い足を組むと

「今日はちゃんとしたお誘い」

「はあ?」

「お囃子が聞こえるだろ。暗くなったら一緒にお祭り行こうよ」

 そう言って外に向けて親指をたてる。


「それにさ、俺この間の誕生日に携帯買ってもらったんだ」

「え、めずらしいな。まだ持ってなかったのか」

 オレが子供のときならいざしらず、今は危機管理の観点からしても小さいうちから子供に携帯をもたせるほうが

常識だ。

「買って一番最初にセンセに番号教えたかったからさ」

 その言葉になぜか懐かしさを感じてドキリとするが、平静を装って言った。

「ダメ、ダメ。 早く帰って家族か友達と一緒にいけ。先生は忙しいんだ」

 そう言って坂本に背中を向けて机上のパソコンに向う。

 おっと、あぶない、あぶない。警備ロックの修正を忘れるところだった。
 



 そうしているうちに後ろで溜息が聞こえ、坂本の足音が遠ざかるのが分かった。


 なんだ。今日はずいぶん素直に帰るな……なんとなく気になってパソコンから目を離して坂本を見た。

 


 彼は出口の側まで行くとオレに振り返って言った。


「……参ったな。すぐ気付いてくれるかと思ったのに」

「え?」




「全部約束したろ? お祭りは一緒に行く、携帯の番号は一番最初に教えるって」

「えっ、 ええっ……」

 

そうして坂本はゆっくりと左手のサポーターをはずして見せる。



「そうだろ、直人」



 その手首には……オレが……ボクがつけた……

 

 青い痕……

 

『夏祭り』 おわり


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2005/7/27 update

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