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「おーい、小林少年、今日も来てやったぞ」
「あ、生島さん。おはようございます」
だから、オレは全然頼んでねぇって。
何が気に入ったのかこの探偵はあれから毎朝顔をだす。来たらおとなしくしていてくれればいいのに馬鹿でかい
声で話しかけてくるのがとてもウザイ。他のお客様が怖がるだろうが。
いつもコーヒーを飲んで新聞に目を通して30分くらいで帰っていく。 疲れきった表情に顔も洗わず、不精
ひげもそらず、よれよれシャツでやってくる様は全く、小汚いオヤジの局地だ。
その間、新聞をよみながら記事に対していちいち反応してぶつぶついい、「だよなぁ、小林少年」などと相槌を
求めてくるので本当に困る。
オレのアイディアではじめた手製バターのモーニングトーストはなかなかの評判で、すでにお客様がついている。
だからオレはお前の相手ばっかりしていられないのだ。うるさいなもう。
そんなことを思う日々が続いていたが今朝は違った。まだアイツが来ない。もう九時半だ。
するとあんなにウザくてたまらなかった彼の事が心配になってきた。
「どうしたんだろう。毎朝開店10分前にはかならず来ていたのに。まさか事故にあったとか」
よく考えたらオレのお客様第一号でそれから毎朝来てくれてたんだよな。オレがあんまりそっけなくするから他の喫
茶店に行ってしまったのかもしれない。
お客さま用のテーブルを拭きながらなんだかいつものテンポで動けない自分が信じられなかった。
モーニングタイムがおわり、12時を過ぎた。軽めの昼食に立ち寄るサラリーマンをさばいて3時を過ぎると客足が
落ち着き、客席にはこれから観劇といった風情のマダム達が4人だけになった。
「本当にどうしたんだろう」 ああ、本当に自分自身が信じられない。
オレは朝からずっとあの声のでかい探偵を心配しているのだ。
ガランガラン
ドアの真鍮ベルがなっている。
お客様だ。
「いらっしゃいませ」 顔を上げるといかにもやり手です、といった感じの背の高い男性が入ってきた。
清潔で糊のきいた感じの白シャツに薄いグリーンのネクタイが似合っていてとてもカッコいい。
この店には場所柄たくさんのサラリーマンが来るけどその中でもダントツのカッコよさだ。
店にいたマダム達も目の保養とばかりに会話をとめてその男性を見つめている。
「おう、いつものコーヒーくれ」
「は?」
オレは目を見開いて彼を見つめた。
えーと、どちら様でしたっけ。顔に疑問符をうかべたオレを見て、その男性は少し恥ずかしそうに髪をかきあげた。
「小林少年、いつものブレンド。ああ、この時間じゃあのトーストは無いよなぁ」
瞬間、オレの接客スマイルは氷点下30度レベルで固まった。
「は?」
あげく、間抜けなことをもう一度聞いてしまった。
「なんだぁ、朝顔出さなかったくらいで俺のこと忘れやがったのか」
小林少年、声がでかい、言葉が汚い……この人は……
なんてこった。オレはいままでまともにこいつの顔をみたことがなかったのだ。だって小汚いんだもん。
最初に会った日は夜で暗くて顔なんかよく見えなかったし。
「き、生島さん…… いや、今日はどうしたんですか。あの、すみません、いつもと全然違うから」
もごもごと謝るオレに、前のカウンター席を陣取った探偵はかったるそうに言葉をつづける。
「今日は探偵のお仕事拝見、なんつーつまんない雑誌取材がきやがったんだよ。まったく珠(たま)ちゃんときたら
宣伝も大事な仕事です、とかいって変なのOKしやがって」
「珠ちゃん?」
聞いてみるとどうやら彼のアシスタントの名前らしい。
誰にでも勝手にあだ名をつけて呼ぶのか好きなんだな。ったく、おっさんかと思えばこんな所はガキなんだから。
そんな事を思いながら、彼が来てくれてすごくほっとした自分に改めて驚いていた。
2005/9/19 update