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『リニューアルワールド』

(5)


 その写真を見てあたしは打ち震えた。

「な、な、なんてこった。趣味が悪すぎっ。もうちょっと清楚でかわいい写真なかったのかい。

まさかと思うけど葬儀でこの写真かざったなんてこと……」

 そう考えただけでくらくらした。

「全く、どこのどいつがこの写真選んだんだい」

「俺だ」

 突然後ろから声が聞こえてあたしは飛び跳ねた。

 シュウがいつの間にか後ろにいたなんてあたしは気づかなかった。

「あた、じゃない、ぼ、ぼ、僕……あ、あのここは……どこでしょう」

 すばらしくまぬけな質問だ。

「ここは俺の家だ」

「そ、そうですか」

 あまりにも突然に話しかけられたせいで脳みそがうまく働かない。

「……さっきは世話になった」

「は?」 何のことを言われたのかわからなくてあたしは顔を上げた。

 シュウ。少しやせたかな。身長が180cmをこえる大男。

 そんなヤツが肩を落としているさまはちょいとなさけない。

 目の下のクマもめだつし、色男が台無しだ。眠れないのかな。

「お前のおかげで命拾いした。誰かにあんな風にかばってもらったのは二度目だ」

 そういわれて胸がぎゅんと痛んだ。

「に、二度目」

 するとシュウはアゴであのボディコン姿のあたしの写真を示した。

「そいつは俺の女房だ。三ヶ月前、俺をかばって死んだ」

 どひー。いきなりそのトークは重い、重いよシュウ。

「そ、そ、そうですか」

「ひとつ聞きたいんだが。お前……」

「ぼ、ぼ、僕、悠です。さ、佐々木悠」 そう、あたしは佐々木悠で男です。なんとなく念押ししたくなった。

 するとシュウはおもしろいものを見るように目を細めた。

「そうか、悠。お前さっきなんて言った」

「さ、さっき?」

「そうだ、俺を助けたときだ」

 えーっと、なんて言ったっけ? まず車のブレーキの音がして、あたしは慌てて走って、んで、

シュウを見つけて……

『シュウ、後ろ!』

 げっ、いけない、うっかりシュウの名前を呼んじまった。

 それを思い出した瞬間頭の毛穴が全部ひらいて『汁』が噴出すんじゃないかと思うくらいあせった。

「えっと、えっと、た、たしかし、し、えっと、こ、こ、そうだ『こんちくしょー』とかなんとか言ったかな」

「……今畜生か。そうか」

 あたしの答えを聞いてシュウはアゴに手を当てて目を伏せた。

 お互い向き合ったまま、シュウはなにも言わずずっとあたしの顔を見ている。

 もうだめだ。このままシュウに見つめられたらさすがのあたしも涙がでる。ここはさっさと帰る

に限るね。

「あ、あの、おうちの人が心配するといけないのでぼ、僕帰ります。どうもありがとう」

 するとシュウが何かいいたげに口を開いた。でもこれ以上聞いていられない、あたしは帰るよ。

「ぼ、僕、怪我したから倒れたわけじゃないんです。先日まで入院してて、だから……」

「今日の礼がしたい。晩飯でも一緒にどうだ」

「い、いいえ、あまり遅くなると心配するから」

 冗談じゃないよ、一緒に食事なんかしたらうっかりどんなヘマするかわからないよ、今のあたしじゃ。

「悠の家の連絡先を教えろ、俺が連絡してやる」

 何いってんだい、この馬鹿。

「で、でも」

 あたしが何とか逃げようとすると。

「おい、大門、車を入り口にまわしとけ。食事に行く」 シュウはふすまがびりびり震えちゃうくらいの

大声を張り上げた。

 ちょっとシュウ、どうしたんだろう。あたしは断る隙も与えられないまま車に放り込まれ、美佐さんの

携帯をとられてちゃっかり連絡までされちまった。

 おかしい、こんな強引に事を運ぶヤツじゃなかったはずだ。いや、いつもはこんな強引なことされたら

あたしがシュウの頭ぶんなぐって止めてたっけ。

 でも今そんなことしたらエライことになる。が、我慢だ、あたし。

 

 つれてこられたのは前に何度か来たことのある割烹料理屋。

二人っきりなのに意味もなくでかい個室に通された。

 ここでもおかしなことにシュウはあたしに何も聞きもせずににどんどん注文しちゃうし、あげくに一人で

勝手に日本酒をぐいぐいあおりだした。

「あ、あの。食べないんですか」

 さすがに二人でいながら沈黙したままってのははばかられてあたしは思い切って話しかけてみた。

「そうだな。すこし食うか」

 あたしに言われてシュウは手元にあった豆腐料理に手をつけた。

 すると、急に咳き込みだして。

「ちょ、ちょっと大丈夫ですか。あのっ」

「悠、すまない、ちょっとはずすぞ」

 そう言って咳をしてふらふらしながら部屋を出て行った。

 それから10分たってもシュウは戻ってこない。トイレかな。具合悪いのかな。顔色悪かったし。

 いや、まさか。

 まさか食べ物に何か。そうだ、よく考えたらシュウは命を狙われてるんだ。数ヶ月前に勃発した

つまらない組同士のいざこざのせいで。あたしだってそれのせいで死んだんじゃない。

 あわてて立ち上がり料理店のトイレに駆け込んだ。トイレの入り口を開けるとやっぱりシュウが

倒れてるじゃないか。

「シュウ! シュウ! ちょっと、聞こえる、あたしの声がきこえる?」

 無我夢中でシュウの体を起こして揺さぶった。

「いやだ、シュウ。あたしは、あたしは何のために死んでまであんたを助けたんだよ、シュウ!」

 

 するとシュウのうでが急に動いてあたしの体をがっちりおさえこんだ。

「やっぱりだ、やっぱりお前だ。お光、お前やっぱりもどってきてくれたんだな」

 そういいながらあたしの頭を抱え込んだ。

 あんだって? 瞬間、あたしはカーッときちまった。

「あんた、ちょっと、毒くらって倒れていたんじゃなかったのかい」

 するとシュウはぷーっと吹いて笑い出した。

「お前がお光か試したんだ悪かったな」

 なにーっ。そうだあたしは『悠』じゃん。ぎゃーっ、だから食事なんかしたくなかったんだよ。

「シ、シュウ……どうして……」

「夕べ夢を見た。先代の組長がでてきてお光に会いたかったら今日、墓参りにいけと。

そんなことあるわけないと思っていたが、お前が飛び出してきたとき俺は震えたぜ」

 そういってまたあたしをぎゅっと抱きしめた。

 

 

婆ちゃん、ごめん。婆ちゃんの言ったとおりコイツは化け物並みのカンだったよ。

つーか、先代ってあたしのオヤジじゃないか。裏切り者。

 

 そしてあたしは……。

 

「お光、いつまでも施設にいるなんて意地張ってないでさっさと戻ってこい」

「うるさいね『悠』はカタギの男の子なんだよ、そんな簡単に行かないよ、シュウ」

 

婆ちゃんに忠告された通り、極道の世界から脱却できそうにない。

 


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2006/12/30 update  

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