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『リニューアルワールド』

(3)

 

悠の体にお邪魔してはや三ヶ月。

 退院してから養護施設での生活にも慣れた。あれからなんども病院にいったけど脳波に異常なし、

身体も異常なしってことで完治のお墨付きをもらい、いよいよ来週から復学することになった。

 

 毎日が新しいこと尽くめでそれなりに楽しいけど、あたしはちょっぴり、ほんのちょっぴりシュウや

神代組が恋しくなってきた。

 それにあたし自身こと、『神代光子』のことも気になった。

 死んじまったんだからシュウにはすっぱり忘れてもらってかまわないけどなんというか、ね。

 ひょっとするとあたしの墓はもう荒れ放題かもしれない。

 線香一本、花一輪備えてもらってないかもしれない。ちくしょう、自分が惨めで泣けてきた。

 あたしが葬られるのは当然婆ちゃんや親父も葬られてる輪冬寺(りんとうじ・実在しません)よね。

 うーん、ここからだとチャリで30分くらいだから行って行けない距離じゃない。考えてみりゃずいぶん

近場で生き返っちまったもんだ。きっと婆ぁが手をぬいたに違いない。

 来週から学校だし、時間取れるの今日くらいしかないか。幸いお天気もいいし墓参り日和じゃない。

 

「美佐さん、僕一人でこのあたりを散歩してこようと思うんだけどいいかな」

「一人で? うーん、だいじょうぶかな道覚えてるかしら。一人で帰ってこれる?」

 美佐さんが心配そうにあたしを見つめる。

 『悠』は自殺をはかったってこと知ってるから不安なんだ。

「大丈夫、もう変なこと考えてないから。あ、そうだ自転車にのれば疲れないかな」

 要領よく自転車を引っ張り出してみせる。

「そう、あ、じゃあちょっとまってて」 美佐さんは部屋に戻って自分の携帯を 持ってくるとあたしに

手渡した。

「念のため持っていって。道がわからなくなったら電話するのよ、大丈夫、仕事以外に私に電話して

くる人なんていないから。電話かかってきても安心してでちゃってね」

 

 

 耳元で風がびゅうびゅううなる。

「うひゃーっ、自転車乗って遠出するなんてなんて青春してるのあたしーっ」

 調子にのって飛ばすと30分かかると思っていたお寺に20分くらいで着いちゃった。

 今までに何度も来たことのあるお寺。小さい頃法事だなんだっていってはつれてこられたっけ。

 ええっと、所持金は130円だから100円のお線香買ったらのこり30円……なんか切なくなってきた。

 しかしこの世界であたしみたいに自分で自分の墓まいりするやついるのかしら。

 そうツッコミいれつつ100円で線香を買い、記憶をたどって神代家の墓へと向かった。

 

「げ、何なのよこれ」

 

 神代家の墓はものすごく大変なことになっていた。

 赤、白、黄色まるで歌いたくなっちゃうくらいの色とりどりの花であふれかえり、線香をたきまくったあとが

残っている。おまけにあたしが好きだった、かっぱえびせんが地域限定版も含めて 各種袋ごとお供えされ

ているじゃない。

 

「そっか、いくらなんでも死んだばっかりだもんね。ちったあ……気ぃ使ってくれてるんだ」

 そうつぶやいたとたん、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。

 ああ、そういえば昨日はあたしの月命日だったんだ。なるほどね。

 墓石に刻まれたあたしの命日を見ながらまたこみ上げてきた涙をぬぐう。

「へへっ、よかったじゃんか。死んだばっかりなんだからこれくらい当然とは思うけどさ」

 花を上げてくれたのはシュウじゃないかもしれない。でもシュウかもしれない。もしシュウがほんの少しで

もあたしの死を悲しんでくれるなら……

「うっそ、うれしくってもう死んでもいい、って死んでるじゃん。あはは、つまんないわね」

 あたしは膝を折って腰を下ろすと、そっと手を合わせた。

「さようなら、あたしはこれから悠として頑張って生きてくから。もう神代光子は忘れるよ。シュウ、

シュウのこともきっちりばっちり忘れるよ」

 

 なんて、あたしが『じーん』とちゃってたその時。

 

 急にキキキーっていう車のブレーキと何かがぶつかる音が聞こえ、次にはパン、パンという乾いた

音が響いた。

「ちょっと、この音」

 あたしは猛爆走して階段を飛び降り、お寺の入り口へと走った。

 

 黒塗りのベンツの向こう側から見える顔は……シュウ!

 白の安っぽいスカイラインがベンツに突っ込んでいて、そこからおりた馬鹿チンピラどもがシュウに向か

って発砲してるじゃないか。

「ちょっと、川嶋(かわしま)と大門(だいもん)は何やってんだい」 あたしはあわててシュウの 警護にあ

たっているはずの2人を探した。

 道路の向こう側を見ると川嶋は他の男ともみあっっている。足から血が出ているからさっきの発砲で

怪我をしたのかもしれない。大門は道路に倒れながらもシュウをかばっている。

 「うそ、何とかしなくちゃ」

そんなことを思っているうちに逆の方向からスズキの軽自動車が走ってきてシュウをねらっているの

が判った。

 シュウ達は前方のチンピラに気をとられているのか気づいてないみたいだ。

 ちょっと! 冗談じゃない、神代三代目組長がスズキの軽(けい)に乗ったやつに殺られるなんてあたし

の美意識がゆるさないよ。

 

「シュウ、後ろ!」

 気がつくとあたしはでかい声でそう叫び、近づいてきた車めがけて寺の灯篭のでかい石をぶちなげた。

  フロントガラスに当たった石のせいで車が止まったのを機にすかさず車の屋根に飛び乗って車の窓

からでていた手をひねりあげた。

 

あっという間だった。あたしはすっかり忘れてたんだ。自分は今『悠』だったってことに。


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2006/12/28 update  

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