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『リニューアルワールド』

(2)

 

 状況を整理してみようじゃない。

 鉄砲玉くらってあたしは死んだ。で、特典だかサービスだかわからないけど自殺して死んだ男の子

の体にお邪魔して生還。

 男の子は17歳、両親も親戚もいないという複雑な身の上の子で現在養護施設で生活中。

 名前は佐々木悠(ささきゆう)。

 頭はよかったらしく奨学金をもらって高校に通っていたらしい。

 でもねぇ。

 体はこの悠って男の子だけど中身はあたしなわけで。病院の先生やら施設の先生やら怪我について

尋ねてきた警察やら、いろいろきたけど何も答えられるワケないじゃない。

 あれよあれよとあたしは怪我のショックによる『記憶喪失』にされちゃったわけよ。

 

「ふう」

 あたしはどでかいため息をついて腹をくくった。

「よっしゃ」

 生き返っちまったもんは仕方がない。退院したら17歳の男の子としてがんばってみるか。

 極道の家に生まれてその世界しか知らなかったあたしが、まさかカタギの人生歩めるなんて。

 これってある意味素敵なことかもしれないしね。

 

 結局、怪我が治って退院するまで1ヶ月かかった。
 
 一度死亡診断が出た後だったから治療ってより検査漬けって感じの毎日だったけど。

 傷が治ってみればくっきり二重のわりとかわいい顔した男の子じゃない。

 ただ17歳で身長が168cmってのがあたしの好みからするとちょいとイタイけど平凡な人生歩けそうだ。

 なんせあたしは波乱万丈な生き方してきたからね。

 

 この子の怪我がどうしてできたのか、とか何で自殺したのかは分からない。でも。

きっとつらい目にあったに違いないこの『悠』って男の子を、せめて体だけでも幸せにしてやりたいじゃ

ないか。

 それは体をもらったあたしが『悠』にできる恩返しみたいなもんだ。

 

 毎日6時30分に起床。

 朝食を食べて片づけを手伝ってから部屋の掃除。お日様の下で干すお布団をたたきながらあたしは

カタギの少年であることの幸せを実感した。常に誰かに襲われるような緊張感があった前とはちがう

穏やかさ。

 あたしはこの平穏無事な布団たたきに酔いしれた。

 同じ部屋にあたし以外に3人男の子がいるけど前だって家の中に常に何人か舎弟とかいうむさ

くるしい男どもがいたから何の不自由も感じない。

 むしろそれにくらべりゃお元気盛りのかわいい男の子たちと一緒の部屋なんて母性本能わきでちゃうわよ。

 

「悠君、まだ体がつらいんじゃないの、無理しないでやすんでしょうだいね」

 声をかけてくれたのはこの養護施設であたし達Aグループの面倒を見てくれている美佐(みさ)さん 。

 うら若き20代のお姉さんだ。

「平気だよ、あた……僕、体動かすの好きだし、リハビリになるって先生も言ってくれたし」

 どうだい、うぶでカタギな男の子らしい振る舞いも身についただろう。

「本当、助かるわ」

 話しながら今度は美佐さんが洗濯物を干す手伝いをする。

「よかったわ、この調子ならもうすぐ復学できそうね」

 あちゃ、復学かあ、あたし高校中退なんだよね。ついていけるかな、どうしよう。一番の問題だわ。

 

 昼は調理室に入って食事の準備をてつだう。

 場合によっちゃあ舎弟やら客やら含めて20人以上の料理をこさえたこともあるこのあたし。

要領もなにもかもお手のモンだ。

「あら、悠君、あなた器用だったのね。大根のむき方じょうずじゃない、こっちもお願いしていいかしら」

 調理の手伝いに来てくれているおばさんが今度はジャガイモをもってきた。

「ああ、いいよ。どんどんもってきて」

 現在60名の子供達を預かるこの養護施設「まつぼっくり」はこれだけの子供達がいながらぎりぎりの

予算で動いている。

食事はパートのこのおばさんと美佐さんほか別のグループの先生達が総出で作っていて週に一度、栄養

士のおじさんが食事のアドバイスに来る。

 

 いいじゃないの。清く、つつましいカタギの生活。

 あたしはジャガイモの面取りをしながらちょっとほっくりしたのだった。


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2006/12/26 update

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