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『リニューアルワールド』

立花薫



 

「シュウ、『おみつ』って呼ぶのは止めとくれよ……バ、ババくさいから……さ」

 

 ああ、こんなどんくさい言葉があたしの人生最後のセリフ。

 どうせならもっとカッコいいこと言っておけばよかった。最後なんだから「好き」とかさ、ちょっとかすれ

気味につぶやいたりしちゃったりしてさ。そのくらいは言っておけばよかったんだ。

だって本当に最後だったんだから。

 

 享年37歳。神代光子(じんだいみつこ) 

 

 神代組三代目組長 神代修治(じんだいしゅうじ)の妻だった。ま、俗に言う極妻っての。

シュウ、あたしは亭主の修治のことシュウって呼んでたんだけど、そのシュウをかばってなんとまあ

ぺーぺーチンピラの鉄砲玉くらって死んじまったのよ。

 ま、組同士の政略結婚だったけど死ぬほど惚れてたシュウをかばって死ねたんだ。あたし的には

本望だ。

 あたしが死んでシュウは今度こそちゃんと惚れた女と結婚できる。むかつく話だけど、惚れた男の

幸せを願うわ。

 さあ、すっぱり成仏といこうじゃないの。

 

 で、死ぬとさ、先に死んだ親族なんかが迎えに来るっていうじゃない。

 あれ、本当なのね。白装束をきた婆ちゃんがむかえにきてくれたの。

 びっくりしたわよ、死んだときはしわくちゃ婆ぁだった婆ちゃんが二十歳くらいのぴちぴちしたネエちゃん

の姿にもどってたんだもん。とはいえ中身は老獪な婆ぁそのままだった。

 

「光子、おまえもドジィふんだもんだね。 それにしても死んだおまえのそばにもいないなんて、冷たいもんだ

ね。そんな薄情な亭主なんざほっときゃよかったんだよ」

「そんなこと言わないでよ、どんな薄情なヤツでも一応あたしの亭主だったんだから」

 あたしの死体の上だっつーのに、あたしは婆ちゃんから久々の説教をくらっていた。

「とにかくさ、さっさとそっち案内してよ、思い残すことなんてないし」

 そう言うと婆ちゃんはあたしのことをぎろりとにらんだ。

「あんた馬鹿だよ。『こっち』にも掟ってもんがあるんだ。人をかばって死ぬなんて善行した馬鹿には

特典があたえられるんだよ」

 はぁ?

「特典ってなにそれ、聞いたことない」

 あ、死ななきゃ聞くことないか。

「まったく、おまけにただいま10年限りの オプション付きサービス期間中ときたもんだ。中途半端に

運がいいんだよ、おまいさんも」

 婆ちゃんはぶつぶつ文句を言った。

 顔を上げてぎろりとあたしを見る目つきはそりゃあおっかなくて、さすが先々代の極妻だった人

だけはある。

「そ、それで特典ってのは何だい」

 おそるおそる聞くと、婆ちゃんはあたしの足元を指差した。

 するとどうよ、今まであたし達は『あたしのご遺体保管中』病室の天井あたりでふわふわしていたはず

なのにみたこともない男の子の頭の上にうかんでるじゃない。

「うわ、ひどい怪我してるじゃないこの男の子。なんなの」

 頭は包帯でぐるぐる巻き、目元ははれて青くなり、唇も切れている。あきらかにシメられたあとだ。

「ま、ちょっと事情があってね、手首切って自殺したんだよ、この子。死にたてほやほやだし、まだ17歳。

お買い得だねぇ。代わってやりたいくらいだよ」

「は?」

「なにしてんだい、とっととはいんな。あんまり遅いと生モンなんだから腐っちまうだろ」

 婆ちゃん頭にウジでも沸いた? 何言ってるんだかさっぱり分からないよ。

「あー、面倒だね、おまえは。説明してる暇はないんだよ、つまりこの子の体に入ってもう一度人生

やりなおせるってことだよ。ま、性別かわっちまうから最初は不便だろうけどなあに、抱かれるほうから

抱くほうに変わるだけだよ、気にしない。じゃあ、あたしはもう帰るから」

「え、え、ば、婆ちゃん」

 更にツッコミを入れるまもなく、婆ちゃんはあたしの背中をめいっぱいたたくと消えてしまった。

 

 

 

「う……」

 体中が痛い。おまけにまぶしい。

 体が動かないけどなんとか目玉だけ動かした。あれ、あたし死んだんじゃなかったっけ?

 ふと見ると横には看護士さんがいて部屋の片づけをしている。彼女以外は誰もいないみたいだ。

「み、水……水……」

 やっとのことで声を出す。

 すると看護師さんが目を見開いてあたしをみつめた。

「せ、せ、先生、先生っ、大変です」

 あたしと目が合うと彼女は大声をはりあげて逃げていった。


 
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2006/12/25 update

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