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(9)
 

 寝不足でふらつきながら自分の小屋へと帰ってきたバーサはベッドにその身を横たえ溜息をついた。

 夕べはアルド王子にせがまれていろいろと話をさせられた。なかなか帰してもらえず、気がつくと朝日が顔を出し

ていた のだ。

 王子はご機嫌で睡眠もとらず仕事にもどったが、ここのところアルド王子はもとよりルリナ姫やからの呼び出し

や、他に もけが人の手当てで外出することが多かったバーサは疲れきっていた。 

「王子は私が姫をかまいすぎだって怒るけど……。ルリナ姫……は」

 眠る前にかならず目に浮かぶ大切な人の面影。それにルリナ姫が重なる。

「わがままなんだけどほっとけない可愛いところ……。口を尖らせて拗ねるところ。夏美(なつみ)によく似てる……」

 夏美……

 バーサの目じりから涙がこぼれた。
 

 


*******

 

 

 
  外からやがやと人の声がする。 

 意識が戻って目を開けるとさっきまで朝日だったはずの太陽は夕日へと変わっていた。

  バーサが住んでいる小屋は村からすこしはなれたところにあったが収穫祭が始まったのかいつもの静けさは

なかった。

「ああ、お祭りが始まったんだ」

 『お祭り』というものは花火を鳴らしたり、出店が出たり、パレードがあったりと、まあどこの国でも、どこの世界でも

一緒らしい。

 この国ではお祭りになると年頃の着飾った娘がこれまたきれいに飾られた荷台の上に載ってメインストリートを

パレードする。盛大な美人コンテストみたいなもので、そこで娘達は未来の連れ合いを選ぶのである。
 

「私も行ってみようかな……でもこういうお祭りのときって結構けが人が出るんだなぁ。医者としては待機していたほ

うがいいかな。 うーん、どうしよう」


 結局、あまりにも楽しげな外の様子にバーサは少しだけメインストリートにでてみることにした。

 

 飾りが施された道を歩くとたくさんのにわか出店がならび、娘達以上に着飾った男達がこの日のために用意した

「まっさら」 な腰布を身に着けていた。

 以前老師に聞いたところによると収穫祭では気に入った娘に腰布を渡すとそれは求愛、求婚を意味し、後日それ

が娘の手によって刺繍やら染めなどの何らかの手が入って帰ってきた場合、了解を意味するらしい。 

 バレンタインデーとホワイトデーがさらに意味を持つようになったバージョンと考えるとちょうどいいかもしれない。

 

「ああ、やはりにぎやかですね」


 そのとき、ある婦人がバーサの目に留まった。

 祭りのため大概のもの達はみな着飾っていた。

 が、ベールで顔を覆っているにもかかわらず他の者達とは違う上質の布をまとい、やわらかな物腰の彼女は特別

目を引く。そして彼女に見とれて立ち止まる男達の目を楽しませている。

 あることに気がついたバーサはすぐさま彼女のそばによって話しかけた。

 

「娘さん、ちょっとよろしいですか」

「悪いけれど、間に合っていますわ」

 彼女はバーサをすり抜けていこうと横へ回った。彼女の後ろにはやはり質の良い布地の衣装を身に着けた女性

が顔を隠すようにしてついていく。

 バーサは先に話かけたほうの娘の手をとって、他のものには聞こえない程度に耳打ちした。


「いけませんね、ルリナ姫」

 つかんだ手からビクリとした反応がバーサに伝わる。それからその娘はふう、とため息をつくと顔をあげた。

「つまらないわ。抜け出してきたばかりでもう見つかってしまうなんて」

「……とりあえず私と一緒に来てください。城にお連れする前にやることがあります」

 バーサはそういうとルリナ姫の手をつかんだまま、すぐそばの家の扉をノックした。

 

「はーい、あら、バーサ先生。まあ、キレイなお嬢さんとご一緒で。」

「ルリばあさんごめんなさい。ちょっとお願いしていいかな」

 ルリばあさんはバーサの患者の一人で、ルリナ姫と同い年の孫がいる。腰の持病が思わしくなくて今日は家にい

ると聞いていた。

「この娘にミリの服を貸していただけませんか。あとできればルリばあさんの服もあの方に」

 バーサはルリナ姫とお供のダリを見ていった。



 招かれるままに家に入ると、バーサは二人にすぐ着替えるように伝え、奥の部屋へと通してもらう。

「なぜこの衣装ではいけないの?」

 ルリナ姫はむくれるといつもするようにかわいい唇をとがらせる。

「品が良すぎて目立ちすぎます。全く、よくここまでご無事で……」

「バーサったら宰相みたい」

 ルリナ姫は文句を言いながらも『庶民の服』に袖を通した。

 お供のダリはバーサの登場にほっとした顔を見せ、こっそりと

「バーサ様、助かりました。私がお止めしても聞いてくださらなくて」といい、安堵のため息をついていた。

 

「ねえ、バーサ。私は言うことを聞いて着替えたわ。だからお願い。ちょっとだけ、ちょっとだけメインストリートを

歩いてはいけなくて? ね、あなたがいてくださるならいいでしょう?」

 これに関してはルリナ姫はどうしても引かず、バーサとダリは困ってしまった。

「私が女性と一緒に人ごみを歩いていたらものすごく目立ってしまう……」

 事実メインストリートにでるまでに何人もの女性達から「先生の腰布は?」などときかれて困っていたのだ。

 

「ルリばあさん、すみません。もう一着女性の服を貸していただけますか」
 

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2005/10/30 update

2005/11/1 どうしてもうまい表現ができず、ルリナ姫再登場のシーンを修正

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