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(6)

 
「王子、アルド王子。私です、バーサです」

 しばらく待たされたものの、「入れ」と言う声が聞こえてバーサは扉をあけた。

「サガはどうした」

 バーサについてきたのが兵士とわかるとさらに機嫌が悪くなったようにアルド王子は言った。バーサはサガ宰相が

一緒のとき以外は決して臣下としての態度を崩さない。それが面白くないアルド王子はことさらサガと一緒に

くるよう言い渡すのだ。

 だが今夜宰相は隣国のお姫様のごきげんとりのためおおわらわでとてもバーサと一緒に来るどころでは

なかった。

 

「バーサ、お前は一人できてもいいと許可を与えているはずだ。どうしていつもほかの誰かを伴って

くるのだ」

 アルド王子がいらいらして聞いてくる。

 

バーサは王子から見て下座に座ると、

「王子、今夜はまたひとつお話をお聞かせしましょう。私の国で言い伝えられている悲しい物語です」

 本当は『私のいた世界の』が正しいのだが誰に言っても信じてもらえるわけもなく、自分の国のいいつたえと

してバーサは語りだした。

 

「巨大帝国ローマの王ジュリアスシーザーとその臣下ブルータスの話です」

 そう、シェークスピアの戯曲でも有名な話である。ジュリアスシーザーは最も信頼していた臣下ブルータスに

暗殺されてしまう。もちろんブルータスがそんな大それたことをしたのには彼なりの理由があった。

 しかしながら、王の信頼を一身に受けていたあまりねたまれ、利用されたといえなくもない。

 バランスの問題なのだ。バーサは王子から信頼されるのはうれしかったが、それが周囲のねたみにつながり、

かえって誤解を生んで王子にうとまれるようになるのはどうしてもいやだった。

 この話をしながら王子にバーサ自身の立場を理解してほしいという思いもあった。

 

 話を聞き終わると王子はしばらく目を閉じて黙っていた。

「ふん、バーサ。お前が一人で来ない理由がわかったぞ。くだらないことを考えているな」

「は?」

「明日から一人で来い」

 予想外な王子の言葉にバーサは戸惑った。

「ええっと」

「バーサ、俺はお前を信じている。お前は頭もいいし、なかなかの策士だか地位も名誉も望んでいない。

そんなやつがつまらないことを考えるはずはない」

 なんかまずいな。バーサはそう思ったが、

「だいたいお前に暗殺されるようなヘマこの私がすると思うか。私はそんなに小さい男ではない」

 

 

 はあ。

 アルド王子の部屋を出るとバーサはため息をついた。

「しまったなぁ。王子に理解してもらうつもりが返って煽っちゃったみたいだ」

 そばにいた兵士もちょっと気の毒そうにバーサをみていた。

「バーサ先生。王子は弟君が亡くなってからというもの人が変わったかのように冷たかったのです。

先生が王子のそばにいてくださると俺たちもいろいろ助かります」

「そうかな。ありがとう」

 バーサは答えた。

 だがバーサが王子と二人きりになりたくない理由はほかにもあった。むしろそれが知られてしまうのが恐い。

 バーサの悩みは尽きなかった。

 

 老師のところへ行こう。

 明日一番に老師のところへ行って話しをしよう。なにかいい考えがあるかもしれない。

「私は王子がいやなわけじゃない。だけど」

 

 夜が明けてバーサが老師のところへ行こうと準備をしていると突然部屋の扉をたたくものがあった。

「バーサ先生、サガ宰相がお呼びです」

 ああ、老師のところへ行こうと思ったのに。もうすこし早く出るべきだったと後悔しながら宰相の元へ行くと。

「バーサ。ルリナ姫がお前に会いたいそうだ」

「は? どこかお体の具合でも……」

 サガはすこし困ったような顔をすると諭すように続けた。

「バーサ。姫はお前が王子と親しくしていることを誰かから聞いたようだ。つまらないことを聞いてくるかも

しれないが気にしないように。私も一緒に行こう」

 やれやれ。面倒なことはごめんだな、そう思いつつバーサはルリナ姫のいる部屋へと向かった。

 

「姫、連れてまいりました。医師バーサでございます」

 サガが紹介するとバーサは顔を伏せたままひざまずいた。

「顔を上げなさい」

 凛とした女性の声が響いた。

 顔を上げたバーサは突然驚いたような顔をした。

 それを見て驚いたのはサガ宰相である。どちらかというと無表情なことが多いバーサが姫を見たとたんに目を

見開き、顔を赤くしているのである。

「バーサ、どうした」

 サガ宰相が思わず聞くと

「あ、あの……あまりに美しい方なので驚いてしまいまして」

 その答えにサガのほうもまたまた驚きを隠せなかった。

 

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2005/6/12 update

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