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(3)
先日といい、今日といい、外出からかえってきたアルド王子の表情は明るいものだった。
このことは暗く沈んでいた城にふたたび春風をもたらしていた。
すこし微笑をもらすほどになった王子をみて、宰相サガをはじめ臣下たちはその原因を探ることを決意した
ほどである。
そんなことはまったく知らないバーサは、こちらも機嫌よく久々に老師のところへでかけた。
老師にロバの件を話し、
「私誤解していたかもしれません。アルド王子は思ったよりお優しい方のようです。いつも微笑んでいらっしゃる」
「……王子がいつも笑顔。そういうことかな。バーサ」
「はい。それがなにか」
驚きのあまり口をあけたままの老師をみてバーサが尋ねると、
「いや、なんというか、王子はお前を気に入ったのだな」
バーサはさっぱり理解していなかったが、それは本当であった。
その後もアルド王子は時間をつくってはバーサを訪ね、彼の『ごきげん』の原因はすぐに宰相に知られること
となる。
ある日のこと。
「王子、どちらへ」
「サ、サガ」
しまった、という顔のアルド王子である。
そんな表情も久々でサガ宰相はすこし意地悪したくなった。
「もうすぐ隣国からの使者がまいりますよ。お出かけされては困ります」
「い、いや、サガ。すぐに戻ってくる」
「そうですか。……ときに王子。他国からきた例の医師をご存知でしょう」
「医者だと」
「ええ、あのルルドを倒したバーサのことです。なかなかの評判なので一度怪我をした兵士を診せようかと
思いまして。本日城へ来るように言ってあります」
「バーサがくるのか、そうか」
「おや、王子お出かけでは」
急に出かけるそぶりが消えたアルド王子に意地悪く問いかける。
「いや、やめだ。使者が来るのだったな」
「さようでございます」
してやったりのサガであった。
それから三月(みつき)ほどたったころ。
氷のように心を閉ざしていたアルド王子にも笑顔が戻り、かつてのように臣下の話によく耳を傾ける
よき王子へと戻ったように思えた。
そうなると出てくるのは「結婚問題」である。
お后どころか寵姫さえ拒否するアルド王子にはなんとかしてどこぞの姫君を迎え入れてもらい、お世継ぎを……。
それは彼の父である王をはじめ、誰もが願っていることであった。
確かに、少し前までのアルド王子には誰も恐ろしくてとてもそんな話を持っていくことはできなかった。
だが今の王子ならばその話をもっていってもよかろう、との王をはじめ皆の判断である。
「王子、今日の謁見は先ほどの者たちで最後です」
「うむ」
「王子、今日の使者たちからも……多うございましたな」
「何がだ」
サガ宰相は王子の様子を伺いながら切り出した。
「王子へのご結婚の申し込みです」
「その話なら後にしろ」
アルド王子は急に不機嫌になって手にしていた書類を投げ捨てた。
「しかし王子。お話のあった姫君たちはうわさではかなりの美姫であるとか。一度お会いになるだけでも」
「だめだ。一度きたら帰らんからな。そんなに美しい姫君ならばお前が娶れ」
「王子」
「その話はもう終わりだ」
そういうとぷいと出て行ってしまった。
そうなると王子の機嫌を直すのはなかなか難儀な話であった。
誰とも会話をしなくなるとかそう言ったことはない、与えられた仕事もこなす。だが氷のような表情のまま
何日もたつと城中が凍りつきそうな雰囲気になってしまうのだ。
サガ宰相はルシード王子が亡くなった直後の城の雰囲気を思い出しぞっとした。
「誰かいるか」
サガ宰相はふりかえるとそばに控える臣下に命じた。
「使いをやってバーサを呼ぶように」
最近、城からの急な呼び出しが珍しくなくなっていた。
使者に案内され、バーサが訪ねると彼はすぐアルド王子の部屋へと案内された。
しかしここでバーサは王子と2人きりになるのをよしとせず、かならずサガ宰相に伴って入るよう
気配りをしていた。
「王子。バーサが参りました」
「バーサ。お前また呼ばれたのか」
バーサはにっこり笑って、
「そうです。王子が悲しい顔をなさると皆も悲しみますよ」
そう言ってバーサはアルド王子に近づいた。
2005/1/18 update
2008/7/21 ひらがなを漢字に、言葉尻を修正