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(2)
ぬけだしたアルド王子が上機嫌で帰ってきたとの報告に、王も、王妃も皆驚いていた。
王子がこんなに機嫌がいいのはルシードが亡くなって以来、初めてである。
城の誰もが外でいったい何があったか知りたかったが、なんとなく本人に聞くのははばかられ、結局その
理由がわかったのはアルド王子のお供をした従者からの更なる報告からであった。
それでも詳細まではわからなかったが、ようするにヒンドゥ老師が面倒を見ている異国の青年と話をしてそれ
がとても楽しかったらしい。なにはともあれ王子に笑顔が戻ったのはよいことである、と王も王妃も喜んだの
だった。
一方、老師の元にいたバーサの機嫌は最悪だった。
「老師、私はなにかおかしなことを言いましたか」
王子になぜあれほどまでに笑われたのかわからないバーサはそのやるせなさを老師にぶつけていた。
「いいや。だが相手は王子。この国では身分のあるお方なのだ。話し方に気をつけなくてはならない」
落ち着いた老師の声をきいてバーサは考え込んだ。
しばらくして。
「……私はまちがっていたのでしょうか。仮にも人の体の苦しみを取り払うことが仕事なのに。自分が傷つけた
相手を治療するのがいやだなんていったから」
「バーサ。お前は正義感の強い子だ。王子はきっとまっすぐ目を見て話すお前を気にいったのだろう」
「そ、そんなことありません。私が大人気なかったのです。ああいう揉め事は絶対ゆるせなくて。
だからあのルルガの上にたつ王子にも腹が立って。申し訳ありません。老師。ご面倒をおかけして」
そういって老師のひきとめもきかず、自分の寝起きしている小屋へともどった。
「どうやらほどぼりがさめるまで老師のところへお邪魔するのはやめたほうがいいかもしれない」
バーサはしばらく小屋から離れるのはやめておとなしくしていようと決めた。
それから三日たった早朝、老師のもとにまたアルド王子がやってきた。
「これはアルド王子。今日はまたどうなされました」
「いや」アルドは部屋を見回して、
「バーサはどうした」
「ああ、そういえば、ここのところ参りませんな。三日ほど姿をみておりません」
三日まえ、とすると、前に王子が訪れてからきていないということになる。
「そうか。バーサの住まいはどこだ? この近くの小屋だと聞いたが」
「王子。バーサが何かお気に触るようなことをしましたか。ルルガのことなら後ほどしっかりとご吟味の上……」
「いや、ちがう。ちょっと異国の話を聞こうと思ってきたのだ。この間は話が途中でおわってしまったからな。
ルルガのことは心配するな。あれはあいつが悪い。剣士は他にもいる。腕を直すのはもう少したってからでも
いいだろう」
すると老師は安心した顔をしてうなずいた。
「バーサはそこの道を南へ3ケイン(1.5K位)ほどあるいた小さな小屋で暮らしております。今の時間なら
小屋にいるでしょう。昼間は村に出て怪我をしたものがいる家を見舞っているようです」
「なるほど。邪魔をしたな。」
言うが早いかアルド王子は馬に乗るとさっさと走り去ってしまった。
彼が小屋に着くとそこには誰もいなかった。家の周りをめぐり様子をみたがやはり人のいる気配はない。
「おかしいな。まだ村へいく時刻ではないときいたが」
そう思って少し待ってみたがやはり帰ってくる気配がない。
小屋のドアを開けて小屋をのぞいてみたががらんとしていて、生活感がなく、さすがにアルド王子は不安になった。
「まさか国をでていったのではあるまいな」
そういいながら、この間理由も言わずに笑い飛ばしたことを後悔した。
別にアルド王子に悪気はなかったのだ。
ただあまりに澄んだ目で正義を語る青年をみていたら暗く沈んでいた自分がばからしくなっておかしくなっ
てしまったのだ。
だから決してバーサが悪かったわけではない。
小川に水を汲みに行っているのかもしれない、そう思って小川に向かって馬を進めた。
すると、大木に寄りかかるようにしてロバがたっているのが見えた。
その横にバーサがいてアルド王子が近づいてくるのを驚いた目でみつめている。
「やあ、バーサ。一体どうしたのだ」
バーサはあわててひざをおると頭をたれた。
「おはようございます。王子。先日は大変失礼しました」
「いや、私にひざまづく必要はない。この間は私のほうが悪かったのだから。それよりどうした」
バーサはほっとした表情を見せると、ロバの足のほうへ視線をむけた。
その視線の先をみるとロバは足を怪我しているようだった。
「昨日村からの帰りの道で見つけたロバです。足に怪我をして動けなくなっていまして、持ち主が傍で困り抜いて
いました」
そうしてにっこりわらうと
「で、ちょうどいいのでお願いしていただいてきました」
「いただいたって……この怪我したロバをか」
「はい」
バーサはまたにっこり笑って答え、アルドをあきれさせた。
「お前、怪我したロバはたいして使い物にならんぞ。もとの持ち主は厄介払いができたと喜んでいるかもしれ
ないが」
「診たところ骨は大丈夫です。ちょっとぶつけてその箇所が腫れただけでしょう。
なおれば村へ行くとき治療の道具を運んでもらったり、見舞ったお礼に村人からいただく果物なんかを運んで
もらえるようになります。老師のお手伝いもいろいろできるようになりますし、それで充分です。なにも私が乗る
必要はないのですから。それに……」
「なんだ」
「私は一人で暮らしていますから、話し相手になってくれると思って」
「話し相手か」
そう答えながらアルドは自分の弟を思い出していた。
「ルシードも小鳥をてなづけて話相手にしていたな。よく懐いていた。あれからあの鳥はどうしたろう」と。
「王子」バーサが問いかけると
「ああ、じゃぁお前は一晩かけて怪我をしたロバをここまでつれてきたのか。まったく何と言うか」
あきれながらまたおかしくなってしまうアルド王子であった。
アルドはバーサのもつ荷物を自分の馬にのせ、ロバの動きに合わせて一緒に小屋までおくって行った。
バーサにしてみれば一国の王子が小屋にたどり着くまでの長い時間、一緒にいて話をしてくれたのは
驚きであったが、他国の者を調査するためかな、などとも思っていた。
どちらにせよ誰かと話をするのは言葉の練習になるし、久々にほぼ同世代と思える王子と話をするのは
楽しかった。
そしてそれはアルド王子にとっても同じだったようで、彼はまたまたご機嫌で城へ帰っていったのだった。
2005/1/8 update
2008/7/21 ひらがなを漢字に、言葉尻を変更