Kaoru Tachibana (C) all rights reserved.
このページで使用している素材の2次配布を禁じます。 内容の無許可転載は厳禁です。
『かわらないもの』
*検索からおいでになった方に・・・弊サイト内には普通の恋愛モノのほかソフトではありますがBLモノがございます。
他作品をご覧になる場合、コンテンツページの各作品の注意書きをごらんの上お読みください。
立花 薫
(1)
その日、ラヴァ国から春の日差しが消えた
第二王子ルシードが夭逝した
王や王妃をはじめ国民全体が悲しみにつつまれ
特にルシードをかわいがっていた第一王子のアルドの悲しみは深く、誰よりも深く
彼の顔から笑顔が消えた
***********
「なんだって?」
その日、王子アルドは宰相サガからおかしな報告をうけていた。
「申し上げたとおりでございます。王子」
「するとルルガの利き腕は使い物にならなくなったというのは本当なのだな」
「はい」いつも通りの無表情でサガは答えた。
「倒した者は他国の青年といったな」
「はい。森に住むヒンドゥ老子の勧めで、その近くの小屋を借りて滞在しているようです。
何でも医術の心得があるとか」
「うむ。医者の少ないわが国にとって医術の心得があるものが来てくれるのはありがたいことだが」
そういってアルド王子は腕を組んだ。
問題の剣士ルルガは戦乱のときは大変な功績を上げる剣士なのだ。が、いかんせん平穏時には女癖が
悪かった。
その筋の色町の女はいうにおよばず、金がなくなると城下の若い娘にちょっかいをだすので市井の民から
苦情も多い。
父、王を助けて 外交と軍事を担当するアルド王子としても何とかしなければと思っていたところであったのだ。
ある晩、ルルガは酔って若い娘に乱暴を働こうとした。その時通りかかったその青年にもののみごとに倒
された挙句、 「得意の医術」を使ってその利き腕を封じられてしまったとのことだった。
どんな方法をつかったものか、とにかく今ルルガの腕は剣を持とうとすると腕に力が入らない。
生活する分には普通に腕を使うことができ、まったく害はない。
しかし剣を振り回すことのみが生きがいの男にとってその利き腕を封じられたのではたまらない。
三日とたたぬうちに自分の属する軍隊の軍医に泣きつき、そのことが上官に報告された。
それがさらにサガ宰相の耳に入り、とうとう王子の耳にまで届くことになったのである。
「その青年の名は」
「バーサ、と呼ばれているそうです。王子、だめですぞ」
考え込んでいるアルド王子をみてサガは思わずクギを指す。
「ん? 何のことだ」
「いま、城を抜け出して会いに行こうかと考えておられたのでしょう」
相変わらず鋭いサガに彼は思わず顔をゆがめた。
しかし、サガがアルド王子の顔に何らかの表情をみたのは実に久々のことだったのである。
***********
その日、バーサと呼ばれる青年はいつものようにヒンドゥ老子を訪ねていた。
この国の言葉を習うためである。青年がこの国に滞在するようになってから早いもので半年がすぎた。
バーサは最初「どうしてここにいるのかわからない」といった風情で困り果てていたが、今ではこの老子の
おかげで言葉は日常会話ならまったく問題がないといっていいほど上達した。
さらに老師は簡単な会話をしながらこの国の歴史や風習などさりげなく、そして惜しみなくバーサに教えてくれ
ていた。
そのお礼としてバーサは老師をたずねる度に得意の「リンパマッサージ」を施しているのである。
「老子。いかがですか」
そこには肩をだしてくつろぐ老子の姿があった。
「うーん。首の周りが暖かい、いい感じだ」
「肩にあるいくつかの場所にすこしだけ力を入れて押すと血の流れがよくなるのです。血の流れがよくなれば……」
「普段から持っている病気を治そうとする力がもどってくる。そうじゃったな」
「その通りです。もっとも人の体はすぐになまけますから、ある程度までこのマッサージを続けなければなりませ
んが」
「なまける、か。その通りだな。わしも最近はすぐ怠ける」
「とんでもない。老子は医師としてお忙しいのにこうやって他国の私に言葉を教えてくださるし、話も聞いてくださる。
本当の怠け者にはできないことです」
「そうかな、ではそろそろこの国に伝わる薬草についてお前に教えようかの」
穏やかなひと時であった。こうしてみると二人はまるで老人とその孫のようだ。
すると外から蹄の音が近づいてきた。
「誰かきたようじゃな」
老子が顔をあげたとき、掛け声もなく突然扉が開いた。
そこにはバーサよりもずっと背が高く体格のがっちりとした男が立っている。
まるで映画で見た中世の騎士みたいだ、バーサは彼を見て思った。
剣を腰にさげ、マントを身につけ、髪の色と同じ濃いブラウンの瞳は眼光するどく老師とバーサを見つめている。
「おおこれは」
老子は相手の顔を見るなり膝まづく。
一方バーサにはなんのことかわからず、ただぼんやりとそこに立ったまま「この非礼な男は誰だろう」などと
考えていた。
もっともすぐに老師に引っ張られて膝まづかせられてしまったが。
「久しぶりだな。ヒンドゥ老師。 聞きたいことがあるのだ。バーサという者はどこに住んでいる?」
「バーサでしたら、この者にございます」
ヒンドゥ老師が答えた。
「その青年が」
男は信じられない、といった風情でバーサを見つめいていたが、
「剣士ルルガを倒し、その利き腕を奪ったのは本当にお前なのか」
と尚も問いかけてきた。
この突然の展開にとまどいながらも、生来負けん気の強いバーサはこう答えた。
「いきなり何ですか、あなたはどなたですか。あの乱暴者の剣士の「親」ですか」
「親?」
いきなりあの馬鹿でかい剣士の「親」かと聞かれてさすがにその男も驚いたようである。
「バーサ。ああ、バーサ。おやめなさい。このお方はこの国の第一王子、アルド様です。質問にお答えしなさい。
アルド様。これは最近ようやくこの国の言葉を使うようになった者。 時折、妙な使い方をしますが何卒ご容赦
のほど」
そういってうやうやしくお辞儀をした。
「王子様、ですか」
バーサはすこし顔をゆがめたがすぐにその表情をもどし答えた。
「はい。剣士ルルガは確かに私が倒しました。王子様ならその理由はご存知ではないのですか」
そう言って青年はまっすぐにアルド王子の目をみつめた。
その曇りのない黒い瞳をみてアルドはたじろいだ。
いや、最初から変な感じだったのだ。ルルガを倒したというからさぞかしがっちりした体躯の大男だろうと想像
していたのだ。
ところがあってみたら大男どころか、華奢で少女のような顔をした青年だったのである。
「いや、理由は聞いている」
「ならば私が悪くないのはおわかりでしょう」
バーサはいまもしっかりとアルドの目を見つめている。
しばらく2人は言葉もなく互いの目をみていたが、やがてアルドがため息をついた。
「もうよい。わかった。だが忘れるな。お前は決して裁く側ではない。この国にはこの国のルールがある。
被害の申し出があればこの国のルールにのっとった処罰があたえられる」
「それは承知しております。私の国でもそれは同じです。ですが……」
「なんだ」
「ですが、その、この類のことで『被害』にあって、それから『申し出』することのできる娘がどれだけ
いるとお思いですか」
アルドはこの問いかけに面食らってしまった。たしかにバーサは他国からきたものにちがいない。
でなければ国の王子であるアルドにむかってここまでいうものなどどこにもいないのだ。
「バーサ。王子に対して失礼がすぎるようじゃ。つつしみなさい」
老子はバーサをたしなめるとアルド王子にいった。
「王子、何卒おゆるしを。このものは他国からきて日が浅いのです」
「いや、かまわぬ。バーサ。つづけろ。思っていることを言ってみろ」
バーサは老子をちらりとみやると、それでもやはり顔をあげて言葉を続けた。
「嫁入り前の若い娘がそういった『被害』にあうことは耐え難い屈辱です。心と体両方に深い傷を負います。
幸い今回は未遂におわりましたが、あの剣士は反省するどころか止めた私に襲い掛かってきたのです。
ですから、利き腕を封じました。聞けば剣士として名をはせているかたとか。私はあの剣士に『大事なもの
を有無を言わさず取り上げられる苦しみ』をわかって欲しかったのです。
若い娘にとって、それがどんなにむごいことか知って欲しいのです。本音を言えば、彼への戒めはまだ、
まだ、まだ全然足りません」
やや興奮気味にそういって老子と同じように頭をたれた。
「老子」
「は、はい」アルドに声をかけられて老師は顔をあげた。
「お前の跡継ぎができたようだな。実に勉強になる話を聞いた」
この言葉をきいて老師はほっとした表情になり、
「ありがとうございます」
とまた顔をふせた。
「バーサ」
「はい」
「ルルガの腕はもう元にはもどらないのか」
「いいえ。私が何度が治療をすれば何日かたてば直ります。ですが……」
「なんだ」
「彼は反省しているのでしょうか。それとも私を逆恨みをしているのでしょうか。もしそうならば治療はいたしません」
凛としてそう答えるバーサをみてついに王子はついにふきだしそして大声で笑い出した。
これには老師もバーサも、そして家の外で王子をまっていた従者も驚いてしまった。
なにごとかあったかとドアを破って入ってきたくらいである。
ところが家の中では王子がひたすらに楽しそうに笑っていた。
2005/1/8 update
2006/6/30アルド王子登場のシーンで追加
2008/7/21 ひらがな数箇所を漢字に