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かわらないもの(番外編)

「あなたというひと」

 

立花薫


 アルド王子率いる国王直属の部隊、その日の演習はいつにも増して厳しいものであった。

 先頭に立つアルド王子の表情は冷たく、その瞳は暗く澱んでいるようにみえる。

 

 

「久々だな」

「また大臣の誰かがお妃の話でもされたのじゃないか」

 皆ひそやかに言い合った。

 そしてそんな日にかぎって演習後、王子の警護当番にあたるとは、兵士ルカは肩をおとした。

 

 

 

「……で、ございますから王子、これでよろしければ執行のご承諾を……」

 演習が終わっても王子の執務は終わらない。

 扉の向こうでは外交で王子の補佐をしているリドネラ大臣が決済を求める声がもれ聞こえてくる。

「その前に、これはどういうことだ」

 機嫌が悪いときの王子はひとつのことをやたらと細かく聞きたがる。たとえそれが分かりきっていることで

あったとしてもだ。

 「それにしても今日はいつもよりすごいな」

 ルカは扉越しにもれるかすかな会話を耳にしながらまたため息をつく。ルカと同じく警護に当たっている

タチもルカと目を合わせて肩をすくめていた。

 こうなると長いな、そう感じられた、そんな時である。

 

「ああーっ」

 突然廊下の向こうから大きな声が響いた。

「だれだ、あの声は」

「バーサ先生の声だ」 思わずルカが叫んだ。

「そうだ、バーサ先生だ、この響きかたはルシード様のお部屋じゃないか」

 ルシード王子が最後に使っていた部屋はアルド王子の執務室に近く今もそのまま残されている。

 病弱であったルシード王子に何かあればすぐに駆けつけられるよう、その部屋は特別に音が響くように工夫が

凝らされていた。そのためバーサの大声は扉の向こうアルド王子の耳にもしっかりと入ったようだ。

「なにがあった」

 当然、アルド王子も扉をあけて飛び出してきた。

「分かりません。ですが、バーサ先生のお声だと思います」

 ルカが答えるやいなやアルド王子が走り出した。もちろんルカも、タチも後に続く。

ルシード王子の部屋に着くと、他にも駆けつけた兵士が数名、バルコニーを覗き込むようにして立っている。

 

「バーサ」 

 アルド王子が歩み寄るとバーサは軽く頭を下げた。

「ああ、王子までおいでくださったのですか。申し訳ありません、その。実は大変つまらないことで驚きまして」

 一緒に部屋へ飛び込んだルカはアルド王子の肩越しにバーサを、その手には金色の小鳥が

とまっているのに気がついた。

 聞いた話ではバーサが「オスカル」名づけた小鳥である。

 バルコニーの片隅に作られた巣には黒い小鳥も見え、集まった人々を牽制するかのように鳴声をあげ

ていた。こちらの小鳥はやはりバーサに「アンドレ」と名づけられていた。

 

 「一体どうしたのだ」 

「あの、アンドレがアンドレが、卵を産んでいたのです」

「アンドレ? 卵を産んだならこの黒いほうがメスなのだろう。それがどうした」

 するとバーサのすこしすねたような声が聞こえた。

「だって、だって、アンドレは男性の名前なのです」

「……つまりお前はこれがオスだと思っていたわけか」

 

 ルカからよく見えるのはアルド王子の背中である。その肩がすこしづつ揺れた。

「なるほど、なるほどな」

 そしてその言葉の次に聞こえたのは、笑い声である。

 周りがあっけに取られている間、バーサは困惑した表情をうかべ、アルド王子は大笑いを続けていた。

 

「あっ、ルカ、どこへ行く」

 背中でタチが声を上げたが、ルカは小走りに部屋を飛び出した。

「今だ、今だ。リドネラ大臣に報告だ、今の王子ならどんなことでも承諾されるぞ」

 こうしてバーサに救われるのは何度目であろうか。

「これじゃ、年中呼び出されるわけだよ、バーサ先生」

 ほくそ笑みながらルカは先ほどの執務室に向かって急いだ。

 


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2008/12/23 update

2008/12/25 若干修正

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