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(12)


「こんなに寝不足が続くのは学生のとき以来かな」

 バーサが王子から解放されたのは翌朝になってからだった。

 アルド王子も眠っていない日が続いているはずなのに疲れたそぶりすらみせず、おまけに今朝は機嫌もよく執務

にでかけて いっ た。

「王子……やっぱり体力があるというか、若いというか。私にはまねできませんよ」

 ふらふらになったバーサは自分用にあてがわれた使用人用の部屋まで這うようにして歩き、たどり着くなり

ベッドに飛び込んだ。

 

*********

 

「気に入らないわ」

 城の中央にある庭園を散歩していたルリナ姫は苛立ちを抑えきれずにつぶやいた。

「どうして、どうしてアルドは私とではなくバーサとばかり一緒なの。夕べも一晩中一緒に話をしていたそうよ」

 そう、ルリナ姫はうっかり口を滑らせた宰相から夕べの顛末を聞いてしまったのだった。

「姫様。王子はバーサ殿から昨日の騒ぎの報告をうけていたらしたのです」

 苛立ちをぶつけられた侍女ダリはそれでもめげずにルリナ姫を慰めていた。

「あの祭の衣装のまま報告を? 一晩中するほど報告なんてあるのかしら」

 

 ダリが返答に困ったそのとき、美しい金色の羽をきらめかせて飛ぶ小鳥の姿が2人の目に映った。



  ゆるやかに、まるで舞っているかのように飛ぶその小鳥は庭の上空を旋回し、ある部屋のバルコニーに留まった。

「ダリ、御覧なさい。美しい鳥だわ。城で飼っているのかしら」

「いえ、ここで何かを放し飼いをしているとは聞いておりませんが」

 バルコニーに止まったその美しい鳥は何かをじっと待っているかのように動かない。

 先ほどまでの苛立ちを忘れたルリナ姫は何を思いついたのか急にうれしそうな声を上げた。

「ダリ、あの美しい小鳥をつかまえてちょうだい。アルドに見せてあげるの。きっと驚くわ、ねえ、そう思わないこと」

「ですが姫様、あの部屋は……」

 ダリに反対されそうになるとルリナ姫は彼女の手をとり、いつものおねだりのときと同様上目遣いにダリを見つめた。

「お願いダリ、あなたの協力がないとダメなの」

 ルリナ姫はにっこりと微笑んだ。

 

 それからすぐである。

「きゃーーーーーーっ」という叫び声とともに窓の割れる音、物が落ちる音が城の廊下に響き渡った。

 残念ながらサガ宰相は国王のそばで職務をしており、その音は彼には聞こえなかった。すぐさま反応したのは

アルド王子と直属の兵士達であった。

「あの部屋は」

 アルド王子は足を速めた。そして駆けつけた先の部屋の中では、アルド王子がもっとも恐れていた事態が

起こっていたのである。

 

「いやー、いやー。アルド、助けて」

 部屋の中ではルリナ姫と侍女のダリが黒い鳥に追いかけられ、つつかれそうになっていた。そしてダリと二人、

そこらじゅうの物を鳥になげつけて、部屋の中をめちゃくちゃにしていたのである。

 それを見るなりアルド王子は真っ赤になり、怒りに震えて大声で叫んだ。

「お前は一体何をしている、この部屋で何をしているんだっ」

 そしてずかずかと彼女に近寄るとその細い首をつかんだ。

「ア……ルド……やめ、た、たすけ……」

 だがアルド王子は手を緩めなかった。

「この部屋には近寄るなと言ったはずだ!」

 アルド王子の剣幕に侍女のダリは狂ったように彼の足に取りすがった。

「王子、王子、お許しください。姫様をお止めしなかった私が悪いのです。私が」

「アルド様、おやめください」

 兵士達も王子を止めようとするが誰も王子の手を緩めることができなかった。

 

「ちょっと失礼」

 このとき、兵士達をかき分けて部屋に飛び込んできたのはバーサであった。

 そしてまるでドアをノックするかのような手つきで姫を締め上げているアルド王子の手の甲を弾いた。

骨と骨とがぶつかるような音が響き、「ツッ」アルド王子が顔をしかめてルリナ姫の首から手を離す。

 バーサはすばやく二人の間に入り込むと、アルド王子を見上げて大声を上げた。

「アルド王子! しっかりしてください」

 

 バーサはすぐに振り返ってルリナ姫を診た。幸い、呼吸が荒くなってはいるものの特に怪我はない様だった。

 しかしアルド王子のあまりの怒気にルリナ姫はショック状態に陥っていた。

「姫? それは」

 よく見るとルリナ姫は何か抱え込んでいる。

ジッ、ジジジッ…

「小鳥?」

 彼女の手には先ほどの金色の小鳥が握り締められていたのである。

「姫、そんなにきつく絞めたら小鳥が死んでしまいますよ」

 バーサはやさしく言うと、硬直してふるえる彼女の指をゆっくりと一本、一本とはずして小鳥を開放した。

ジジジッ

 おかしな声をあげて金色の小鳥は部屋を旋回しはじめた。すると先ほど姫を襲っていた黒い鳥が金色の鳥

のそばに飛んできた。そしてまるでお互いの無事を確かめ合うかのよう鳴き声をあげ、そのまま窓から飛び出して

いった。

 

「アルド、私、わたし……」

 ルリナ姫は震えたままアルド王子を見上げた。だが彼はめちゃくちゃになった部屋をみつめたまま魂がぬけたか

のように立ち尽くしていた。

「ルリナ姫。一度お部屋で休まれてから王子とお話なさってください。これは医師として申し上げています」

 そう言うとバーサは王子に一礼してから姫を抱えあげ、部屋を出て行った。ダリもあわてて後を追った。

 

一方、部屋に残されたアルド王子は。

 

「……お前達は下がれ。私はしばらくここにいる」

 兵士達にそう命じると部屋に一人残った。

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2006/3/6 update

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