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やられた。 完全にだまされた。 と、いうか気づかなかった俺もバカだ、バカだ、大バカだっ。
撮影のあと、トイレにある鏡を見た俺は自分が『かわいい』といわれた訳を理解した。
「うわあああ。 こ、これじゃ、どーみても女の子じゃないか」
髪はさらさら、まつげばさばさ、唇つやつや……って。
ってことはやっぱり俺、『女の子のモデル』として撮影されちゃったのかよ。
くっそー。もう二度と女装なんかするつもりはなかったのに。
ムッとしている俺を見てもレイコさんは全く悪びれるふうもなく、「だって私も圭一君のメイクした顔みた
かったんだもん」。ときたもんだ。 ああ、やっぱりばれてたか。
何を考えているのか、必死になって顔を洗う俺をみて彰までが「あーあ。もったいない」なんて言う。
俺は女じゃねぇ。ついでにいうと決して女顔でもない。プロがメイクするからこうなるんだ。
「おかげで彰のいい笑顔が撮れたんだから怒らないの。今日はおごっちゃうから。ね」
目的はやっぱり『彰の笑顔』かよ。
「俺はそういう手伝いするなんていってません」。ふてくされて言うと、
「じゃ、お詫びってことでどう」。しつこく誘われる。
別にレイコさんに誘われてもうれしくなかったけど、『お詫び』というなら目一杯お詫びしてもらおうじゃないか。
「ふん。高いメニューを片っ端から頼んで食いつぶしてやるからな」
撮影が全部終わると、俺はぶりぶりしながら、彰はそんな俺をみて笑いながら撮影場所をあとにした。
へぇ。さすが女社長。
連れて行かれたのはなんと銀座の一流料亭「徒と屋」(注:実在しません)
刺身と吟醸酒が最高ということで有名なところだ。
今日は吉岡とレイコさんにえらい目にあわされたおかげでむかむかしていたし、自棄酒って訳じゃないけど
冷酒をがばがば飲んだ。そりゃそうだよ。一合4800円もする大吟醸だ。
えーい。浴びるほど飲んでやる。
「レイコさん、もうケイにお酒勧めるのだめだよ」
俺の意図に気づいたのか彰が牽制する。
「あら、男ならこのくらい平気よね、もう大人なんでしょ」
「えへへ。レイコさん。俺実はまだ19。でもいいんだ、年があけたらすぐ20歳(はたち)だし」
どうも俺は酔い始めたらしい。気持ちがよくなってきた。
「そうよ。酒もタバコも20歳になったらやめるものよ。どんどん飲んで。どうせ彰がめんどうみて
くれるでしょう」
「そっか。じゃ安心だ〜」
ふざけて、更に飲もうとする俺に彰が言った。
「レイコさんも悪ふざけしすぎ。ケイ、だめだよ。そろそろ帰るよ」
「え〜。お前全然飲んでないじゃんか。お前も飲めよ。せっかくうまいのに」
俺がぶうぶう言うと、
「ケイ、 レイコさん、もう帰るから」
そういって俺の腕を引っ張った。
「あはは。圭一君。あきらめなさい。王子様がお帰りだって」
「ちぇーっ」
確かにそこらの安い日本酒ならばったり倒れるところかもしれないが、最高の大吟醸だぞ。
そうへんな酔いかたはしないはず。これはいままでの経験から得た知識だ。
「まだ大丈夫なのになぁ」
彰にひっぱられて歩きながら俺は未練たらたらだった。
結局、あまりに彰が心配するのでまたまた奴のマンションにお邪魔することになってしまった。
いつものように、外泊することを親父の携帯ににメールしておく。
マンションに着いて部屋に入ったとたんに酔いが足にきたらしくふらふらしていたら、
「ほら、全然歩けてないじゃないか」
彰の怒ったような声がきこえてきた。
「あはは。やっぱあそこでやめて正解かな」
そういって彰の顔をみあげる。あいかわらずきれいな顔だけど心配そうな表情だ。
それを見たら急に申し訳なくなって、
「あのさ。 彰。 あのさぁ。 なんかさぁ。俺、彰のうち宿泊所がわりにしてるみたいだな。ごめんな。」
すると彰は優しい表情になって、
「それは気にしなくていいよ。はい」
そういって冷たいミネラルウォーターの入ったペットボトルをさしだしてくれた。
シャワーをかりてでてくると俺はもう眠くて眠くてたまらず、彰がシャワーを浴びている間に先にベッドで
寝てしまった。
わはは。人の家でやりたい放題だな。俺ってば。
明け方、「そろそろ朝だ」と思った瞬間、体は動かないのに意識だけはっきりしたのがわかった。
やべ。 またかな。 夢なんかみないぞ。そう思っているのに体は金縛りにあったように動かない。
もどかしくて顔をゆがめた。
「う……」
その時だ。
「ケイ、ケイ。起きて」
彰が俺をゆすって起こしている。
「ん、 彰」
「ケイ、起きて」
「なんだよ。まだ眠いよ」 起こされてほっとしたのと同時に眠気が襲ってくる。
「とにかく、ちょっとだけ起きて」
そういって彰は俺の上半身を抱きかかえるようにして起こした。抱えた手はそのままだったから俺は
彰によっかかった状態だ。 普段なら考えられないけど、とにかく眠くてたまらなかったからされるが
ままにしていた。
「彰、眠……い」
「起きて。 少しだけ話をしよう。 今じゃないとダメだ」
そういわれて仕方なく体に少し力をいれる。
「何」
「ケイ、変なこと聞くけど」
「何だよ」
「ケイのお母さんは今も元気だよね」 ためらうように彰がきいてきた。
「うん。一緒に住んでるよ。元気。元気」
「そう」
「そっか。やっぱり俺、寝言で母さんのこと呼んでるのか?」
そう聞くと、彰はすこし言葉をえらんでから、
「呼んでる、っていうよりいつもお母さんを呼びながらうなされてる。さっきもまたうなされてたから……」
「はっ、母さんがもう死んでいるかと思ったんだ」
「ごめん。ケイあんまりお母さんの話してなかったし」
かすれたような声であやまる。
「それと、もうひとつ」
そういってから、また言葉を選んでいるのか少しの間おし黙る。
「小さいころ、お母さんになんかされたの」
「彰」 俺は思わずため息をつく。
ちゃんと体を起こして彰と向き合う。そして彰の頭にぼん、とやわらかい枕をのせる。
「おまえさぁ。心配症なんだよ。バカ」
俺は思わず笑ってしまう。
「ほんと、心配ないって。俺のことでお前がそんな顔するな。母さんは俺に何もしてないよ。」
そういって枕をむぎゅむぎゅ押し付ける。
「いたいよ、ケイ」
枕を押し付けるのをやめて俺はつぶやく。
「そう、母さん、本当に俺には何もしなかったんだ……」
「ケイ?」
「彰、もう一回寝るぞ。ほら、もう気にするなよ。ほんっとバカだな」
そういうと彰に背をむけてベッドにもぐりこんだ。するとすぐにまた強烈な眠気が襲ってきて俺は
眠りへと落ちていった。
「ケイ、 しょうがないな。あのね、僕は気にするから。もう放っておく気ないからね」
彰が何かいっていたけど、俺にはもう聞こえていなかった。
2005/2/5 update
2005/5/4 誤字、表記修正
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