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俺は生まれてはじめての『大混乱』というヤツを味わっていた。
「どういうことだ」
俺が聞くと、
「まあ、立ち話もなんだしな。ゆっくり話ができるところへ移動しよう。僕いいところ知ってるからさ」
そう言って俺に背を向けてずんずん歩いていく。
確かに、こんな扱い『女』からはうけたことがない。
訳が分からないまま、俺は『あいつ』について歩き出した。
「ここだよ」
「なんだ、インターネットカフェじゃないか」
俺が言うと、
「うん、確かに酒はだめなんだけどさ、2時間ペアで1000円。2人用のブースみたいなのがあるんだ。
ソフトドリンクは飲み放題だし、清潔感あるし話するにはもってこいだよ。」
そういってにっこり笑う。
まあ、たしかに淫猥な感じがするところではないよな。どちらかといえば大学の資料室とかそんな感じだ。
『あいつ』ついて店に入ると、さっさと金を払って俺を席まで誘導した。
「いいとこあいてたよ。平日の夜だからすいてて助かった。ここなら話し声がもれにくい」
「で」
「で?」
「なんで分かったんだよ。実は僕が男だって」
いきなり直球だ。
「お前さ、あせり過ぎるんだよ。とりあえず名前くらい教えろ」
そういうと、
「あーーーーっ、悪い、悪い、嬉しかったもんだからさ。忘れてたよ。僕は 田島真(たじままこと)、
親がくれたものの中で唯一気に入ってるのがこの名前だ。よろしくな。お前は」
「長瀬正行(ながせまさゆき)だ」
「へえ、顔にあってる名前だな。まじめなかんじでさ。」
いつも女どもから言われる台詞だ。気に入ないな。すると俺がムッとしているのが分かったのか
「おっと、変な風にとるなよ。ほめてるんだからさ。あ、本当に今日の僕は気が利かないな。えーっと
長瀬、ってよんでいいかな。いま飲み物もってきてやるよ。何がいい」
「コーヒーでいい」
あいつは大きくうなずいて飲み物を取りにいった。
俺らしくない。
なんだかあいつのペースにすっかり乗せられているじゃないか。だいたいあの時は「男」って思った
けど、今ではその確信もうすらいでいる。
だって、あいつ……真といったっけ、体にぴったりしたTシャツにジーパン姿だけどそれだけなら「女性」
そのものだ。胸もあるしな。
ひょっとすると俺を誘い出すための「女の作戦」なんじゃないか。そんな邪推もわいてくる。
「で」
もどってくるとすぐさっきの続きを聞こうとする。
目をきらきらさせながら俺の顔をみつめるしぐさを見ていたら、えさをもらう前の子犬を思い出した。
みえない尻尾振ってそうだな。
「勘だよ」 俺はあっさりと話した。
「勘? それだけか」
がっかりするかと思いきや、真はさらに嬉しそうに目を輝かせる。
「それって、すごいよな。勘で僕のこと分かったのか」
「でもなあ、お前……」
「真だよ」
あのなあ。
「おかしいな。あの時は確かにそう思ったんだけど」
そういうと真は明らかに不快そうな顔をした。
「いや、その声からするとニューハーフでもないだろ。少なくとも見た目は女だよな。俺どうして男だって
思ったんだろう。でも……」
「でも?」
「やっぱり女とは違う気がする」
「へへっ。やっぱり長瀬ってすごいよ。本質をつかんでる。僕さあ、体は女だけど中身は男なんだよね。
医学用語では『性同一性障害』ってやつ?」
あまりにもあっけらかーんとこいつが言うので俺はびっくりした。
「それって前に学園物のドラマにでてきた、あれ?」
「あ、長瀬もみてた? あのドラマ。あの女の子かわいかったよな」
うーん。でもあのドラマではすごく深刻で、『性同一性障害』に苦しむ女の子が自分の女体が嫌で自傷
(じしょう・自分で自分を傷つける行為)をしてなかったっけ。
「お前、なんでそんな深刻な話を俺にしちゃうわけ? 俺が皆にばらしたらどうするんだ」
そうだ、これは俺が他人に「ゲイだ」とカミングアウトする並のすごい話じゃないか。
すると真はため息をついて、
「なんでかな。わからないな。ただ、僕が男だって分かってくれたのは長瀬が初めてなんだ。それでうれ
しくて後先考えず暴走してしゃべっちゃった」
なんだそりゃ。正直言ってあきれた。もっと深刻に考えろ。
真は自分用にもってきたコーヒーをすすると、
「僕さあ、子供のころから女性ってことに違和感はあったんだ。でもさ、わりと最近までそれはそれで
いいじゃないか、この世で女性の体をもって生まれたんなら中身が男性だろうと楽しんで生きちゃえ、
って思ってたんだ」
「じゃ、今は体も男になりたいのか?」
真は何も言わずにうなずいた。おおっと、前言撤回。こいつけっこう深刻な顔してやがる。
「何で変わったんだ」
「好きな娘(こ)ができたんだ」
ほほう。単純だけど大事な理由だな。
「まあ、俺は部外者だから勝手に言わせてもらうけど、あの、同性同士って手もあるんじゃないか」
俺なんかそうだし。もっとも俺は中身が『女』でもなきゃ『ねこ』でもないけど。
「それがさ。ダメなんだ。男の体でなくちゃ」
「なんでだ?」
「僕さ、彼女に『突っ込みたい』って本気で思ったんだ」
ブフッ
聴いた瞬間、俺はコーヒーを吹きだした。
2005/3/20 update