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『逃げ上手なシンデレラ・番外編』

『手強い相手』

立花薫

 

「動かないでください。質問に答えてくれればこれ以上のことはしません」

 

 そういわれて、正直まいった。

 探偵家業をはじめて以来、俺がこんな目に合わされるなんてことは初めてだ。

「なるほど。あいつがはまるわけだ」

 そうつぶやいて俺はため息をついた。

 

 そもそも今回はあいつの依頼からしていつもとは違っていた。

 

******

 

「生島、悪いがまた調査を頼みたい」

 沼田からの突然の電話だ。

「おい、おい、また遊び相手のかわいこちゃんの素行調査か。お前もいい加減にしろよ」

 依頼主の名は沼田真吾。俺の大学時代の悪友だ。

 なかなかクセのあるヤツだがどういうわけか俺とは気があって大学を卒業してからも『大会社期待の二代目』と

『売れっ子探偵社社長』という立場でたまに連絡をとっていた。

 

 昔からもてるヤツで、それなりに遊んでいたようだが社会人になってからは遊び相手ですらかなりの

注意をはらって選ぶようになった。 立場上スキャンダルにならないよう気をつけてのことだが何より、あいつの

性癖も関係している。そう、あいつはゲイだ。男しか相手にしない。

 だから学生時代からあいつのことを理解している俺に、遊び相手の調査をよく依頼してくるのだ。

 

「ちがうんだ。生島」

「ちがうって何が」

「どこに住んでいるのか、仕事は何なのか。それが知りたい」

「あ?」

 俺は驚いてひっくり返りそうになった。

「ちょっとまて。相手の電話番号はしってるだろう? そこからすぐ割り出せるから……」

 沼田はだまったままだ。

「……彼が言ってたんだ。いつも利用している駅の改札を出ると木蓮の木があると。まずは23区内、私鉄で木蓮の木が

ある駅を探してほしい」

「はあああああ?」

 俺はあわてた。詳しく聞くと、どうやら一目惚れしたらしい。あげくに相手の名前と年齢しか聞けなかったなんて。

 

 今回のターゲットの名は寺崎啓。22歳。ま、これだって本当かどうか疑わしいけどな。

 

 とりあえず、アシスタントを総動員して23区内を走る私鉄全駅を調査した。該当したのは全部で三箇所。

「各駅電車を使ってるらしいってことは急行が止まる駅ではない、か。」

そうなると見事一箇所に絞り込めた。

 早速沼田に電話すると、あの野郎、ワンコールででやがった。

「わかったか」

「ああ、全部で三箇所。とりあえず一番可能性が高い駅は○○駅だな。どうする? 写真が無いから特徴を聞いただ

けで張り込ませるのには無理があるぞ」

「いい、自分で行く」

 あいつのその言葉に今度こそ俺はひっくり返った。

「無事見つけたら連絡する。尾行して彼の住所を突き止めてくれ」

 そういって沼田は電話をきったが俺はいまだに信じられなかった。

 

 あいつから電話があったのはそれから3日後。

「今夜、無事駅で会えたんだ」

 そういったあいつの声はうれしそうだった。

「食事の後、香さんの店に連れて行く。そこから頼むぞ」

「分かった」

 あいつ今夜ずっと張り込んでたのか? よく分からないが面白い。沼田からの依頼はいままでも俺がじきじきに

調べていたが今回はいつもより力が入る。

 ばっちり調べてやろう。何より沼田をここまで夢中にさせたお相手の顔が早く見たくなった。

 

 11時32分。ターゲットが店を出る。

 「へええ、あの青年が今回のお相手か。これは色っぽい美青年だな」

 

 尾行のポイントは相手の上半身ではなく足もとをみて尾行することだ。そうすればいきなり振り向かれても目が合う

ことがない。

 

「なんだ地下鉄構内にはいってからぐるぐる歩いてるぞ。ひょっとして尾行に気づかれてるのか?」

 そう思ったがたまに立ち止まってなにやら考え込んでいる。どうやら考え事をしすぎて自分が歩き回っていることに

気づいていないようだ。

 やっと切符を買ってホームへと降りていくがホームに着いてからもなにやら難しい顔をしている。

「おい、電車が来たぞ。乗らないのか」

はらはらしていると、なんと電車のドアが閉まる寸前に飛び乗っていくじゃないか。俺もあわてて一緒に飛び乗る。

 電車に乗ってから彼がちらっとこちらを見た気がする。

 尾行がばれると困るので隣の車両へ移動して様子をみる、が、変わった様子はない。

 その後2回電車を乗りついで、あの木蓮の木のある駅へと着いた。

 12時23分 ○○駅到着と。

「やっぱりこの駅を使ってるんだな。よし、後はこのまま尾行して自宅を突き止めるだけだ。ちょろいな」

 

 改札をでて彼はすぐコンビニへ立ち寄る。

 俺は携帯で電話するふりをして外から店内の様子を伺った。

 どうやらタバコと酒を購入したらしい。自宅に着いたら一杯やる気か。

 コンビニから出てきた彼の尾行を再開する。駅のそばの飲み屋街をふらふらとあるいて細い路地へと入っていく。

 

「いない」

 その路地の突き当たりはビルの階段で抜け道はない。

「どういうことだ」

 俺は考えもなしにその階段のそばまで走りよって周りを見渡した。彼の姿はどこにも無い。

「まさか。気づかれていたか」

 なんてこった。いままでにも何度かターゲットに尾行を気づかれたことはあったがそれは相手も警戒している場合

がほとんどだ。 素人にこうまで完璧に巻かれたのは初めてだ。いや、まさか。本当に素人なのか。

 俺としたことが相手を見くびりすぎたようだ。

「チッ」

 思わず舌打ちした、その時だ。

 上からどぼどぼと液体が振ってきて俺の頭とスーツを濡らす。「うわあああっ」

なんだこれは。すごい匂いだ。アルコールか。

 

「動かないでください。質問に答えてくれればこれ以上のことはしません」

 

 そういって階段を下りてくる足音が聞こえてきた。

 彼だ。

「誰だよお前? 俺、よっぱらってこの道はいっちゃって」

 無駄だとは思うがしらばっくれる。

「困りますね。電車を乗り換えても、コンビニによった後もずっとご一緒なんて偶然はありえません」

……まいったな。ずいぶん前から気づかれていたのか。しかしこの俺が誘い込まれるとは。

 彼はタバコを取り出すと俺の口にくわえさせて火をつけた。


「動かないほうが身のためです。うっかりタバコをおとすと燃えちゃいますよ。ウオッカのアルコール度の高さはご存

知ですよね?  手を後ろの壁につけてください」
 

 タバコと酒を買っていたのはこの為か。ちくしょう。

 こういうときはおとなしく従ったほうが身のためだ。俺は言われた通り壁に手をついた。

 彼は俺の上着の胸ポケットと横の両ポケットを探り、携帯電話をとりあげる。そのあと足首を探った。

 しまった。これも計算外だ。

 俺は探偵の身分証明書を足元に隠している、もちろんそれは彼に見つかることになった。

 なんでそんなもんを持ち歩くんだといわれるかもしれないがこれは尾行の必需品だ。ターゲットを見張っているとき

たまに勘のいいオマワリに職務質問されることがある。そのときこれを見せて事情を説明すると大体はすぐに放免

してくれるのだ。

 

「やっぱり探偵さんですか」

 そう言った後、彼のため息が聞こえた。

 

「もういいですよ。こっちむいてください」

 俺は手を万歳させたまま彼のほうを向いた。おいおいこれからどうするつもりなんだ。

 

「依頼主の方に伝えてもらえますか? こんなことをしても姉はあなたから離れるだけだって」

 

 あん? コイツやっぱり素人なのか。なんかうまい具合に勘違いしてるらしい。

「それとも私が彼女の彼氏だと思っていたんでしょうか」

 どうやらストーカーに狙われやすい姉さんがいるみたいだな。なるほど尾行に慣れてる訳だ。

「とにかく。あなたの依頼者が彼女に付きまとうつもりなら、私もだまっていませんから」

 彼は自分の携帯電話をとりだして俺の身分証明書をカメラに収めた。

「これは念のため控えさせてもらいますよ。それから私の尾行もやめてもらいます。もっともこうなった時点で

あなたは御用済みになってしまうんでしょうけど」

そういって俺の上着のポケットに身分証明書をおしこんだ。それから彼は俺の口からタバコをとりあげ壁にこすり付けて

もみ消すと、

 

「さ、いきましょうか。もう遅いし」

「え、行くってどこへ」 おいおい、展開が読めないぞ。綺麗な顔してなんだコイツは。

「駅まで送りますよ。あなたが電車に乗るまでお見送りします。どうやら尾行はあなた一人だけのようですしね」

 そんなことまでチェックやがったのか。俺を電車に乗せてその間に帰るわけか。なかなか賢い。

「あ、携帯電話は今夜お返しできません。落し物として駅に届けておきますから明日にでも問い合わせしてください」

 こりゃ、用意周到だ。ちゃんとロックしておいてよかった。

 

 駅までの道すがら、俺は彼に質問を試みる。

「ずいぶん慣れてますね。どうやらお姉さんのことで依頼してくるのは私だけではないようだ」

「……ええ、まあ」

 彼は俺の半歩後ろを歩いて警戒している。 隙の無さで俺は彼がなにかしら武道をたしなんでいると察した。

 ますます手ごわい。

 それからは何も話さず駅のホームまで行く。 電車が入ってくる直前、彼がぼそりといった。

「姉もかなり自分勝手なところがありますから相手のお気持ちも少しわかるんです。でも彼女は私の大切な肉親で

すから。絶対に守ります」

 そういって俺をじっとみつめる。いい目だ。

 沼田と違って恋のお相手じゃなくてビジネスパートナーとしてスカウトしたくなる。

 

 こうして俺はアルコールの匂いをぷんぷんさせたまま電車に乗せられた。彼はドアが閉まって動き出すまで俺を

しっかりと監視していた。

 

 次の駅でおりて公衆電話から沼田に電話すると、またすぐに繋がった。

「わかったのか」

「うるせえ、すぐにスーツ一着新しいのそろえて俺を迎えに来い、今夜のうちに報告をすませたいからな」

「何? どういうことだ」

「わるいが俺は手を引く。そのまえにきっちり経過報告してやるから早く来いってんだよ」

 言葉を失っている沼田に俺は言った。

「お前が興味持った訳が分かったよ。なかなか大変だぞ。すごいライバルがいるらしいしな」

「なんだと」

 そのライバルが姉ってのは迎えに来るまで秘密だ。ま、そんなに報告できることもないしな。たまにはコイツにも

慌ててもらうとするか。

 

 アルコール漬けの上着を脱ぎながらなぜか俺はなぜか笑いがとまらなかった。

 

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2005/4/4 update

2005/4/4 21:00ちょっと追加

2005/8/30 誤字、表記ミス修正

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