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『田村君の場合』
立花薫
「あ、田村さん、いらっしゃい」
「恵さん、こんにちは、亜紀さんがんばってますか?」
いいなぁ。恵さんは僕が行くといつもこうして笑顔で迎えてくれる。
『ボーイズラブ作家担当』にされてはや半年。
最初に担当変えを聞いたときは「げっ『ホモ担』かよ」ってがっかりした。
けれど実際にその女性作家、『田中ゆみ』こと本名、寺崎亜紀に会って僕の落ち込みはミラクルターンした。
なんせ彼女の第一印象は
『めちゃくちゃかわゆいっ』
だったのだ。
ほ、ほ、本当にこんな少女みたいな人が『あの』すんごい内容の本を書いたっていうのか。
彼女ならボーイズ系ではなく、百合系を書いたほうがまだ納得が行く。
でも打合せをしてみて分かった。
「ここでこの鬼畜キャラははずせないわ。彼をはずしたら面白みが半減するの。所詮ファンタジーなんだから思い
切って使いましょうよ。で、○○して○○○させるわけ」
などとドキドキするようなセリフをがんがん言ってくるのだ。
いや、これはむしろ大人しいほうだと言っていい。
あのかわいい口からすんごい単語がとびだすたび、僕の『かわゆい女の子は清純である』という既成概念は
叩きのめされ、破壊されていくのだった。
そして驚いたことがもう一つ。
彼女には妹がいる。
打合せに自宅に伺ったとき紹介された彼女の妹、恵さんは一言で言って
『めちゃくちゃ格好いい』
身長168cmしかない僕にたいして彼女は何と173cmもあるという。
おまけにすべてが華奢な僕に対して彼女は姿勢がいいせいか堂々として見えるのだ。
僕は彼女を羨ましく思い、彼女はきっと僕を羨ましく思っているに違いない。
顔が綺麗でボーイッシュ、背が高くてスタイルがいいここまで揃えばどうみたって美青年にしかみえない。
しかも何となく色気が漂っているのはやっぱり女性だからだろうか。
けれど本人はそういったボーイッシュな魅力があることを気にして嫌がっているらしい。
「私ね、本当はピンクのフリルとかひらひらしたスカートとかかわいい服がきたかったの。でもね、着たい服と似合う服
はちがうのよね」
そう言って俯いて溜息をつく。そしてそれを聞いて僕も溜息をつく。
だったら恵さんのビジュアル全部僕にくれ。 女の子にもてまくること間違いナシじゃないか。
事実かわいそうな位に恵さんは女の子にもてるのだ。
そのせいで大学時代はバイト先で随分揉めたと聞いている。
『ウェイトレス』のバイトをしているつもりが『ウェイター』としてもてて困ったなんて話は腐るほどストックがある。
亜紀さんの担当者を女性にしないのもどうやらその辺に関係あるらしい。
ここだけの話、恵さんはあんまり亜紀さんの本を読んでいないから気付いてないけど結構ネタにされている。
逆にいえば亜紀さんのネタ元は恵さんなので彼女がいなくなったらどうしよう、そう僕は密かに危惧しているくらい
なんだ。
そんなある日。
「田村、お前これからすぐ亜紀姫のとこ言って来い!」
はあ? 突然のことに驚いて編集長を見上げると
「また亜紀姫のわがまま発令だ。しかも恵ちゃんがらみだからやっかいだぞ」
そう、編集長も実は彼女のネタ元について気が付いている。またその暴君ぶりから彼女のことを『姫』と呼ぶのだ。
勢いに押されて彼女の住むマンションへと向ってタクシー&爆走した。
「何かあったんですかっ」
彼女達の部屋に慌てて辿り着くと、亜紀さんが泣きながら部屋から飛び出してきた。
そして僕の胸でめそめそと泣きながら恵さんが冷たいというのだ。
うう〜。何のことだ?
「はあ? 恵さんに? 男の格好させて?」
あきれたなぁ。どうしたらそういう発想になるんだろう。
「ね、ね、田村さん。お姉ちゃんの言う事変よね?」
恵さんが僕に問いかけてくる。 うんうん、滅茶苦茶変ですよ。
そう思っていまだ僕に引っ付いている亜紀さんをみると。
うっ。かわいい顔が涙でぬれている。日頃かわいい女性に恵まれない僕はこういう時本当に困ってしまう。
「ええっと」
亜紀さんを説得しようとすると彼女はぐっと顔を近づけてきて、
「ねえ、田村君、協力してくれるわよね?」
ときたもんだ。
ふんわりといい香りがして、彼女の柔らかそうなくちびるが目の前にある。
わーっ。
瞬間僕は恵さんにこう言っていた。
「恵さん、経費は全部こちらでもちますし、できうる限りのことはいたします。どうか亜紀さんの願いをかなえて
あげてください」
2005/8/10 update