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「夏祭り」

立花薫

 

 神社から笛や太鼓のまつり囃子が聞こえる。

 もう十何年も使いつづけている古いスピーカーからながれる調子はずれのお囃子。 



「今年も祭りの時期がきたんだ」

 

 あれから何年たったんだろう。

 

*********

 

 

「はあ」

 ため息をつき、震える手でノートを開いた。

 

『お父さん、お母さん、ごめんなさい。

どうしようもなかったんだ。

本当にごめんなさい。

さきだつ不幸をお許しください。                 直人』

 

 うん。言い方はへんだけど教科書にお手本として載っていそうな遺書だ。100人いたら98人はこう書くに決まってる。

 特に『さきだつ不幸を』って使うとものすごく遺書っぽくっていいと思う。

 

 これだけを書いたノートを広げて脱いだ靴の横へ置く。そして上を見上げる。

 ボクはそれをもう3度も繰り返した。 そして今また、そのノートに目を落としていた。

 

 たそがれ時、神社裏手にある林には人影もない。 ボクの頭上には大きな木の枝がはりだし、その枝にくくりつけ

た縄跳びのひもが揺らぐ。

 こらえきれずに涙が頬をつたう。

 

「うっく」

 

 最初は一人の優等生から無視されているだけだった。 それがだんだん皆からも話しかけると汚いものを見るよ

うなしぐさをされるようになって、ついには複数の優等生たちから「いじめからかばってやるからこづかい持ってこい」

といわれるようになった。

 学校の先生もそいつらが優等生だから悪いことしているなんて疑いもしない。

 

 ボクはお小遣いの中から毎月1000円渡した。

 

 ところがだんだん要求される金額は大きくなって、持っていけないとおなかを思いっきりけられた。

 逃げたら今度はバットでお尻をなぐられた。

『頭のいい』あいつらは見えるところには傷をつけない。

 

 とうとう思い余ってお母さんのおさいふからお金をこっそりもらうようになった。

 それを渡してもあいつらは足らないって言う。

 ボクはもう、けられるのがこわくて今度はお父さんのおさいふからもお金を取った。

 

 でもそんなことが続くわけがない。おととい、お金をさいふから抜いているところをお母さんに見られてしまった。

ものすごく怒られたし、お母さんは泣いていた。 けどボクはどうしても本当のことが言えない。怖い。もし言ったら

ボクは、ボクはどうされちゃうんだろう。

 

 そんな時、テレビで自殺した女の子の特集番組をみたんだ。

 その子はボクと同じ中学2年だった。

 

「うわあ。すごい、すごいや。死んじゃったら……もうお金渡さなくてすむかな」

 

 翌朝、学校へ向かうふりをしてそのまま神社の境内へいって夕方になるまで時間をつぶした。

 

 そして、そしてすべての『準備』を終えて、大きな枝の下でボクは息を吸い込んだ。

 

「ごめんなさい。お母さん……ぐすっ」

 

 

「きったねー字だなあ」

 突然耳の横から聞こえた声にボクは驚いて飛び跳ねた。

「うわあああああっ」

 

「失礼なヤツだな。俺がそんなに怖いかよ」

 振り返ると見慣れない制服をきたボクと同じくらいの年恰好の男の子がノートを拾い上げて見ていた。

「お前なあ、遺書書くときくらい、きちっと心をこめて丁寧に書けよ。これじゃ判読するまでに何年かかるんだ」

 うっ、そ、そんなに汚い字かなあ。ボクはまたノートに目を落とした。

「それから」

 そいつはまだ言い足りないらしい。

「本気ならそのノート埋め尽くすくらい『理由』書いていけよ。じゃないとお前の父さんと母さん、納得できないだろ」

 急にやさしい響きになったその声にボクは顔をあげた。

「まあ、聞けよ」

 彼は驚きのあまりしゃがみこんだボクの前にあぐらをかいて座った。

「よくテレビでさ、やってるだろ。自殺した子供の親が学校とかいじめっ子を相手取って裁判起こしたりするやつ」

 そういってボクの目を覗き込む。

「あれってさ、理由が分からなくてそれを調べるためやってるんだよ。つらいだろ。理由がわからないと」

「……」

「だから。絶対親を納得させてなおかつ、親のせいじゃないってことをばっちりノートに書いてからもう一度

ここに来い。その間学校行く必要ないぞ。決行後、親に思い当たるところを残してやるのも親孝行ってもんだ」

「は?」

ボクは口をあんぐりさせたままそいつの顔を見た。

 なんか、なんか。 こいつボクと同い年くらいなのに言うことが妙に大人っぽい。でも言ってることはもっともだ。

 

 で、でもさ。

 普通こういうことしそうな子がいたら止めないのかな。

 まあ、ボクの決意はかわらないから、だから、だから止めても無駄だけど。

 

「わかった」

 そういって立ち上がった。

「書いたらかならずここへもってこいよ。俺がチェックしてやるからな」

ふらふらと歩き出したボクの背中でそいつの声が響いた。

 

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2005/7/7  update

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