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−僕たちの日常・後編−
立花 薫
「いたたっ」
気がつくと僕はカエルの王様のお城に来ていた。
宝石のはめ込まれたピッカピカのこの部屋は二度目なんだけど、最初と同じように僕は低い天井に頭をぶつ
けた。
「えー肇、苦しゅうない、面をあげーい、けろっ」
「ねぇ、かえるんこっちにいるの? ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねーってば」
僕が必死に聞いているのに王様ときたら横にいるへんてこカエルとぼそぼそ何か話してる。
「肇、えーとその。お前は『かえるん』に毎日いじめられているな、けろ」
へんてこカエルが僕に尋ねる。
「は」
「いじめられておるのでけろ?」
もう一度同じことをきかれても。
僕は首をふった。そりゃかえるんは口が悪いけど、僕はいじめられてはいないと思う。
「大臣、だからこれはどういうことじゃ、げろ」
あ、あのへんてこカエル、大臣だったんだ。
「ええとその……けろ」
するとカエルの王様は立ち上がって大声を上げた。
「このばか者が、おおい、『かえるん』をここへ、げこげこーっ!」
え、かえるん、かえるんはやっぱりこっちにいるの。
しばらくすると、初めて会った時と同じ豪華な扉の向こうから懐かしい怒鳴り声がきこえてきた。
「馬鹿やろー! 俺は肇をいじめてなんかいねえぞ、どっちかっつーと、チョーらぶらぶだー」
ああ、この訳の分からない物言いは……僕はまた目頭が熱くなるのを感じた。
バン、大きな音がして扉が開き、例によって衛兵カエルに挟まれて大暴れしているかえるんの姿が見えた。
「かえるんっ!」
「肇っ、なんだお前」
僕の姿を見たかえるんは両脇を押さえていた衛兵カエルを突き飛ばし、床に前足をついて後ろ足で蹴り上げた。
「おい、肇っ、はじめっ、お前何泣いてるんだ」
かえるんが無事だったからだよ、そう言いたいのに僕の涙はとまらなかった。答える代わりに手を差し出して
ぴょこぴょこ寄ってきたかえるんを両方の手のひらで救い上げた。
「がえるん、よがっだーーーーーーー」
「おい、王様、てめぇが肇を泣かしたのか! ちくしょー、こいつを泣かしていいのはウルトラ美形の俺様だけだ」
何を勘違いしたのか、自画自賛を忘れないかえるんは王様に向かって大声を上げた。
「肇、大丈夫か、変なもん食わされたのか」
かえるんは僕のほっぺたを小さな前足でぺちぺちたたいく。
「ちが、か、かえるんがいなくて……だから」 僕は鼻をすすりあげた。
「肇……」
気のせいかな。かえるんの顔がすこしゆがんだように見える。
「えーおほん、で、げこ」
カエルの王様が大きく咳払いをして気まずそうにこう言った。
「すまんの。肇。ちょっとした行き違いがあってな。かえるんが、その、お前をいじめているのではないかと思ってな。
まあ、おしおきをだな……」
それを聞いて僕は思わず王様をにらんでしまった。
すると首をすくめるようなしぐさをして、
「ああ、まあ、行き違いのお詫びにだな。ええい大臣、人間界の魔法の呪文書をこれへ」と大臣カエルに命じた。
「ははっ」
まるで忍者の巻物みたいなものを王様へと渡す。受け取った王様はそれをびらっ、と広げると
「うーむ、人間界の呪文は長いのぉ。これにするか、パンプルピンプルパムポップン〜で、げこげこーっ」
その瞬間、僕の手に乗っていたかえるんが急に重くなって僕は前のめりになった。
「うわわわわっ」 前に思いっきり転がる、そう思ったのに。
「おい、肇。大丈夫か」
暖かい感触につつまれて目を開けると人間の姿のかえるんが僕の顔を覗き込んでいる。
「あれ、か、かえるん? 元に戻ってるよ。まだ日が沈んでないのに」
かえるんも不思議そうな顔をして僕を抱きかかえていた。部屋が小さいから僕もかえるんも頭をあちこちに
ぶつけたけど。
「うおっほーん、お詫びの印じゃ。その姿のまま三日間の休暇を与えよう、さがっていいぞ、お前達がいると狭くてか
なわん、げこっ」
カエルの王様が威張って言う。勝手に呼んでおいてそりゃないよなぁ。
「三日か」
狭い部屋を出た後、やっぱり狭い廊下を歩いていると、かえるんがぽつんとつぶやいた。
「肇、お前まだ俺の城見たことなかったろ。連れて行ってやる」
「うわ、本当?」
そうだ、かえるんってば一応王子様だった。見たい見たい、かえるんのお城、絶対見たい。
「こっちの世界では俺様に甘えていいぞ、食事も食わせてやるし、風呂も一緒に入ってやるし、一緒に寝てやる、
なんなら好き放題に撫で回してもいいぞ」
「撫で……げっ、べ、別にそこまで気にしなくっていいし」
僕が思わず後ずさると。
「遠慮するな」
かえるんは大笑いして僕の手をとった。
おしまい、で、けろ
2006/5/3 update